天才少女の巡り合わせ
と憤慨する人もいるかも知れない。
しかし、その憤慨もそのうちに心地よい快感に変わることもある。そうなれば、叙述トリックも作者にとって、してやったりということであろう。
しかし、交換殺人というのは、本当に実際の事件でもあったのだろうか? 不思議な気がする。考えてみれば、一番裏切りが起こりやすく。裏切られたからと言って、相手に対して何もできないのが関の山である。
さらに、もう一つのデメリットとしては、
「事件は発覚してしまった場合」
である。
犯人が二人、しかし、実行犯だけが罰せられるわけではなく、相手をそそのかしたというころで、殺人教唆になるだろう。これは共謀共同正犯として、殺人罪となるのである。
つまりは、
「共犯ではない」
と言いながら、相手をそそのかして殺人をさせるわけだから、実行犯と合わせて、
「二人が二つの殺人を犯した」
ということになる。
普通に殺していれば一つの犯罪で済むものが、二つの殺人ということになり、その罪は計り知れないことになる。しかも、この場合は間違いなく計画的であることから、卑劣であり、情状酌量の余地もあまりないだろう。
いくら殺したい相手が自分い暴行を与えている相手であり、普通なら情状酌量されてもいい事件であっても、まず難しいだろう。
しかも、殺人の動機が怨恨ではなく、財産目当てなどだとすれば、これはもうどうしようもない。死刑も当然ありえることであり、下手をすれば、猟奇殺人として世間が騒げば、世間を騒がせたとして、さらに罪は重いものとなるだろう。
だから、実際の殺人事件では、
「交換殺人などありえない」
ということになるのだろう。
ただ、ミステリーの題材としてはこれほど豊富なものはない。いろいろな角度から見ることができるからである。
さて、本当は和田が被った鉄砲玉ともう一つ、誰にも知られていない大きな犯罪、それは本当は表に出ていないわけではない。そのプロセスは今回の車の中で見つかった女性の遺体、谷川美鈴の発見により、図らずも表に出ることになった。そう、三年前に行方不明になったという彼女の夫である谷川隆一のことであるのだった……。
表に出ない犯罪
本当は表には出てこないはずの犯罪。失踪してから三年も経ってしまえば、捜索願もほとんど忘れ去れている程度である。この島国日本で人口が一億人ちょっという日本で、年間に八万人である。それを一人一人丹念に捜査など、度台不可能なことである。だから、提出された時点で、そもそも捜査の対象になっていたかどうかも分からない。ましてや三年も経っていれば、誰も意識などしていないに違いない。
殺されることになった奥さんも、いつまで旦那の失踪を警察が捜査してくれているとお思ったかも疑問である。きっと、かなり早い段階ですでに諦めていたかも知れない。
ただ、今回表に出てきたとしても、それはあくまでも奥さんが殺害されたことで、予備的な情報として出てきた話、再捜査されるかも知れないが、これはあくまでも奥さんの捜査二付随した形で行われるというだけのことである。
だが、この犯罪につぃて、もし何かを知っているとすれば、それは綾子なのかも知れない。
綾子は約一か月くらい前から、ある空き地に死体が埋まっていることを示唆していた。そのことを今まで誰にも言わなかったが、この間、ちょっとした世間話のついでのつもりで武彦に話した。
「私ね。死体が埋められる夢を見たことがあるのよ」
と綾子がいうので、少しビックリして武彦は、
「また、物騒なことをいうね。綾子ちゃんがそんな物騒な話をしてくるとは思わなかったよ」
と言ったが、実際に武彦がビックリしたのは、今の自分が行った言葉の裏に別の思いがあったからだ。
その思いというのは、
――綾子ちゃんが、何か突発的なことを言い出すと、必ずその通りになる――
ということを自覚していたからだった。
確かに今まで綾子と話をしていて、綾子の予感めいたことが的中したことが何度もあった。ひき逃げの時が一番の功労であったが、それ以外にも小さなことで彼女の言っていることが正解だったことが何度となくあっただろう。
武彦は、彼女がそれを自分に意識させないようにしているという思いがあったから、彼女に気を遣って、わざと気にしないようにしていた。
綾子の直感が働く吐息と言うのは、直感の方に集中するからなのか、人に対して気を遣うというところが欠如している。それは綾子が悪いわけではなく、しいて言えば、そんな性格を持って生まれたことが悪いというべきであろう。
そういう意味で、
「子供のくせに、子供らしからぬところが多い」
という印象をまわりの大人に与えてしまっていたが。それは本当に綾子の罪なのであろうか、そのあたりが誰にも分からないところだった。
何しろ、「ウソつき少女」などと言われた過去を持っているのだ。本人はウソをついているつもりもないし、まわりを欺いているつもりもない。誰かのために何かをしているという意識のないまま、まわりの思惑に逆らうことなく生きていると、次第に流されてしまう自分が、当たり前のようになってくる。
今では自分の意志で、
「その人のために」
と考えることができるようになったが、果たして、その思いが間違いのないものなのかどうかは、自分でもよく分かっていなかった。
綾子は、そういう意味では特殊能力を持っていながら。それを使うことを自分の中で封印していた。
「この人のために使う」
という思いがなければ、結局、また
「ウソつき少女」
のレッテルを貼られる。
しかも、そう思われたくない相手に思われるのは、もう心が傷つくだけのことで、そんなことになれば、きっと自分で自分を許せないと思うに違いない。
だから、なるべくこの力を表に出さないのが賢明であった。
だが、いくら武彦のためになるかも知れないと言っても、この段階で夢に見た、
「死体が埋まっている夢」
の話をしたというのだろう?
いまさらこんな話をしても、警察も根拠がなければ、掘り起こしてくれるわけもない。ただ綾子に一つだけ分かっていたのは、
「この死体は、そのうちに掘りこされる運命にある」
ということであり、さらにこれは信憑性とまではいかないが、
「この死体が発見されたことで、自分に近しい人が悲しむことになる」
という意識があったからだ。
しかし、その近しい相手が誰なのか、そしてどのように苦しむのかなどの詳しいことは分からない。
だからこそ、綾子の中で信憑性に欠けるのであった。
綾子は、自分が一体誰を今一番に大切に思うべきなのか迷っていた。
今のところ目に見えているのは武彦であり、おばあちゃんである。だが、綾子の中に、もう一人自分が守りたいと思っている人がいるのを感じていた。その人を知らないわけではないが、その人のことを意識していないのは事実で、
「見えているのに、気が付かない。まるで路傍の石」
のように思えた。
それはまるでかつての自分に感じたことではないか。そう思うことが綾子をさらに何か分からない世界に引きずり込んでいるようで、不気味な気持ちになってしまっていたのだ。
作品名:天才少女の巡り合わせ 作家名:森本晃次