天才少女の巡り合わせ
「無理して出てきて、帰れなくなったらどうするの」
と言われたそうである。
要するに無理して出てきて、体調を崩して入院なんてことになったら、自分たちの生活のリズムが狂うということであろう。おばあちゃんはそのことが分かっているのか、
「うんうん、子供たちの言う通り」
と言って、黙ってしたがっているようだ。
だが、本音としては、
「死ぬ時はおじいさんと同じところで死にたいからね」
ということのようだ。
それが孤独死であってもいいという覚悟のようだが、
――そういえばおばあさんは、以前に「人が死ぬ時期が分かる」と言っていたが、自分が死ぬのも分かるのだろうか?
考えてみれば、この理屈は実に滑稽な矛盾を孕んでいる。
滑稽と言ってしまうと失礼だが、自分が死ぬ時期が分かっているということは、死ななければその証明にはならない。しかし、死んでしまえばそれを誰が証明してくれるというのだろう。まるで、
「死ぬまで生きられる」
と言っているようなものである。
だが、ペットなどでも元々野生の動物は、自分の死期が分かるという。その根拠として、繋いでいないペットは、自分を死んでいる姿を見られたくないという気持ちがあるからなのか、最後には姿をくらますという。そして死んでいるペットを見つけて、
「やっぱり、自分が死ぬのを分かっていたのよね」
と言って、丁重に荼毘にふしてあげるのだそうだ。
そういう意味では人間にも本当に死を迎えた人は自分で分かるのかも知れない。
綾子のおばあちゃんが死んだ時のことを聞いたことがあったが、死ぬまで病気療養で苦しい毎日を送っていたが、死に目は実に爽やかな表情をしていたという。これはおばあちゃんだけに限らず、老衰で死ぬ人は結構そういう安らかな死に顔だという。それを思うとやはり自分の死期が分かるのだろう。
「天寿の全う」
まさにその通りなのだろう。
綾子は、おばあちゃんとあれから、死についての話をしたことはなかったが、この間、別の話になり、そちらの方はどうにも説得力を感じなかったが、それは他で聞いたことがなかったというだけのことであろう。
「私はね。人が生まれる時も分かるんだよ。ただ生まれるというだけではなく、生まれ変わるというべきかな?」
とまた不思議なことを言い始めたと思った。
「どういうこと?」
「人は死んでは生れてくるだろう? もちろん、同じ人間ではないのは当たり前のことだけどね。でも、誰かが死んだ瞬間に生まれてくる人というのもたくさんいると思うのよ。まったく同じ瞬間であれば、それはもはや生まれ変わりなんじゃないかっていうことも思ったりするんだ」
綾子は昔読んだ本で、違うことを思っていた。
「でも、死んだ人間は一度は死後の世界というところに行って、それから天国に行くか、地獄にいくか決まるって聞いたよ。しかも、天国に行った人でないち生まれ変わることはできない。それもいつになるか分からないんだって」
というと、
「そういう考えもあるかも知れないね。でもおばあちゃんは、それ以外の世界もあると思っているんだ。死んだ人間が、絶対に死後の世界にいくわけではなく、そのまま生き返るという考え方ね」
「どっちが本当なのかしら?」
「どっちが本当という感覚ではないんだよ。どっちも本当で、どちらかがもしウソだとするなら、もう一つもウソなんじゃないかしら?」
とおばあちゃんがいうと、綾子は少し違う考えを示した。
「人間って、性格はいくつもあるんじゃないかしら? 二重人格だと言われる人もいるでしょう? だから、一方は死後の世界に行って。もう一方は生まれ変わると考えるのはどうなのしから?」
と言って、微笑んだ、
さすがにこの考えはおばあちゃんをビックリさせたようで、まるで鳩が豆鉄砲を食らったような表情だった。
綾子の不思議な力は、超能力だけではない。彼女の潜在している能力の中には、その頭を支配する脳をコントロールする力もあるらしい。しかもその力は、いわゆる、
「天才的」
という言われるもので、時々ではあるが、天才的な発想をすることで、周囲を驚かせることになる。
予知能力などはひょっとすると、これと同じ能力からの派生ではないかとも思える。綾子は本当に素晴らしい力を持っているのだが、その力を利用しようとしている連中が浅はかなのだ。
低能なくせに高等な頭を利用しようなどとする方がおこがましい。そんな連中の犠牲になったのは綾子の方で、綾子の悲劇は、
「この能力を持ったことではなく、この能力を分かっていない人間が私利私欲のために利用しようと安易に考えたことが、綾子を不幸にしたのだ」
というものであったのではないだろうか。
そう考えてくれる人はこの世にいるだろうか? なかなかいないだろうが、それでもおばあちゃんや武彦のように、少なくとも綾子の理解者は二人はいるのだ。それがどれほど綾子に勇気を与えるか、綾子は二人のことを思うと、有頂天になっていくのだった。
綾子は、自分の能力を悲観するのではなく、
「自分が使いたいと思った時、使いたい相手、あるいは使わなければいけない時に使えばいいのだ」
と思うようになっていた。
綾子は最近、おばあちゃんを見ていると、何か憂慮に耐えないものがあることを感じていた。その思いがどこから来るものなのか、自分でもよく分からなかったが、何かおばあちゃんには秘密があるような気がしていた。
以前は、夜遅くまでおばあちゃんの家にいても、別に何も言わなかったのに、最近では、
「もう遅くなったので、おかえりなさい」
と言って、追い返すことが多くなった。
確かに、高校生の恩の子が夜一人で帰るのだから、危険といえば危険である。遊びに行っている手前、それを断るということはありえない。それにしても、何がおばあちゃんの気持ちに変化を与えたのか、勘が鋭い綾子であったが、理由までは分からなかった。
ただおばあちゃんの様子を見ていると、何かソワソワしているのを感じた。
――どうしたんだろう?
と思っていると、その日も午後九時前くらいになって、
「そろそろ九時だわね。危ないから、早くおかえり」
と言ってくれたので、綾子はいつものように、おばあちゃんの家を出て、帰宅していた。
すると、ちょうどその時、警ら中の武彦をみつけた。
「あら? お兄ちゃんじゃない」
と綾子は暗闇の中、街灯だけの道を歩いていると、自転車で警ら中の武彦に出会った。
綾子との出会い頭は、武彦をビックリさせたようだ。
「ああ、綾子ちゃん。どうしたんだい? こんな時間に」
と少ししどろもどろの様子に何か違和感を抱いた綾子だったが、何はともあれ、一番安心な相手と出会ったのは、心強かった。
「見回り中なんだけど、ちょうどよかった。近くまで送っていくよ」
と言ってくれたので、
「うん!」
と力強くいうと、武彦は苦笑いではない普通の笑顔で頷いてくれた。
最近は武彦も忙しいようで、なかなか相手をしてもらえない。でも今はおばあちゃんがいるので、話し相手に困ることはないし、何よりも相手が綾子と会うのを何よりも楽しみにしてくれているのが嬉しかった。
「思い切り甘えさせてくれる相手」
作品名:天才少女の巡り合わせ 作家名:森本晃次