天才少女の巡り合わせ
まさか、自分たちがそんな目で見られていると思わない美鈴は、次第に近所付き合いから浮いた存在になっていた。
そのため、何か趣味でも持って、気分転換をしないといけないと思い、近くでは角が立つので、都心部にあるカルチャースクールに通い始めた。都心部であれば、似たようなサークルやスクールはたくさんあるので、自分を特定することはできないだろうという美鈴の計算だった。それだけ美鈴の方も近所の奥さん連中に対して、疑心暗鬼になっていたのだ。
カルチャースクールでは、ダンスを習っていた。元々大学時代、最初の二年間、ダンスサークルに籍を置いていたことがあった。ダンスサークルといっても、同好会に近い形だったので、専門的なことはあまりなく、とにかく楽しめればいいという程度で、どちらかというと、合コンメインのようなところがあった。
三年生になると、物足りなくなりいかなくなったのだが、卒業してから、
「ダンス、真剣にやっていればよかったな」
と感じていた。
ちょうど街に出かけた時、駅から見えるところにダンスサークルという大きな文字が窓一枚に一文字ずつ書かれていて、意識していただけに、その文字が目に入った。
「ここなら、近所の人からとやかく言われることはないわ」
と思い、さっそく入会した。
入会に際しては、当時の旦那がまだ自分に何も意識がない頃だと美鈴は思っていた頃なので、そんなに困難だとは思わなかった。思った通り、
「まあ、気分転換になるのであれば、それもいいか」
と言って、許してくれた。
まだ、その頃は旦那も自分や奥さんに近所の目が向いているという意識がなかった頃であった。
ダンスサークルでできた友達に家庭のことをちょくちょく話していたので、警察はこのダンスサークルで事情聴取を行った時に、やけに谷川夫婦の事情に詳しい人がいるのを見てびっくりしたくらいだった。
「谷川さんは、奥さんだけが来られていたんですよね?」
「ええ、そうです」
いかにも話の好きそうな中年の奥さんは、見た目を裏切ることなく、いろいろ話をしてくれる。
「でも、よく夫婦のことをご存じじゃないですか」
「ええ、奥さんが結構話をしてくれましてね。どうやら、奥さん、近所の人たちからハブられていたらしいんですよ。そのストレスもあってか、ここに来ると饒舌でしてね。気にしているのは、子供ができないことが一番気になると言っていましたね」
「そんなに気にしていましたか?」
「それはそうでしょうね。結婚してからもう五年も経っていて、しかも、子供がほしいと思い始めてから、三年ですからね。旦那も気にするでしょうし、何よりも本人の身体ですからね」
男の捜査員には、そこまではさすがに分かるわけもなかったので、この奥さんの話を信じるしかなかった。
「夫婦仲はよかったんでしょうか?」
「よかったと思うわよ。あれだけ饒舌なのに、旦那の悪口が一言も出てこないですもん。少しでも何かあれば、少しくらい愚痴があったとしても不思議はないのに、そんな素振りもありませんでしたからね」
「どんな奥さんでしたか?」
と、今度はまたかなり漠然とした質問だった。
だが、漠然としている方が、相手はいろいろと考えるもので、その回答によって、奥さんの本当の印象が分かるというものである。
「どんなって、普通でしたよ。ご近所さんの目は気になっているようでしたけどね」
その言葉の信憑性は結構あるような気がした。
となれば、殺された美鈴夫人は、
「夫婦仲はいいけど、子供ができないことを悩んでいて、近所の奥さんの目が気になるそんな奥さん」
というのが印象である。
「ちなみに、このサークルで奥さんと仲が良かった男性はいませんか?」
と聞いてみたが、
「いなかったと思うわ。いつも話をしているのも、私たちとだけだったからね」
と言っている。
どうやら、このサークルで親しくなった男性はいないようだった。
殺されるとすれば、痴情の縺れが考えられる理由の一つだが、旦那も知っているダンスサークルに不倫相手でもいれば、三角関係からの痴情の縺れとして動機は十分ではないかと思ったからだったが、当てが外れたようだ。
念のために他に数人の人にも事情聴取をしたが、最初の奥さんとほとんど同じ供述だった。そのため最初に聞いた話がほとんど真実を表していたのだろうと、捜査員は感じていた。捜査本部でこのことが報告されたが、他でも新たな情報が得られることもなく、捜査は膠着状態だった。
「そもそも、旦那の行方不明というのは何だったのか? このあたりからせめていかないと捜査は進展しないかも知れないな」
というのが、捜査本部の見解だった。
「旦那の三年前の失踪」
忘れ去られていた事件が、奥さんの殺害という事件で脚光を浴びることになったというのも実に皮肉なことである。
おばあさんの秘密
綾子が、おばあさんの家に毎日のように、学校の帰りに立ち寄るようになって、数か月が過ぎた。その間に車中死体遺棄事件が起こっていたが、事件のことはおばあさんはおろか、綾子も知らなかった。
「お兄ちゃん、最近忙しいんだな」
という程度で、なかなか相手してくれなかったので、おばあちゃんと知り合えてよかったと思った。
おばあちゃんは、本当に優しかった。両親のような裏表がハッキリ分かる人間ではない。長年生きていると、ここまで人間が丸くなるということなのか、それとも、これがあのおばあさんの持って生まれた性格なのか、そのどちらもであろうと、綾子は思った。
基本的に、
「おじいちゃん、おばあちゃんは優しい」
という先入観がある。
その思いが強く、大嫌いな母親に対して感じている思いが逆におばあちゃんに対して自分を解放的にしているのだろうと思った。
「このおばあちゃんになら、手放しで甘えられる」
と思った、
おばあちゃんは、よく昔の話をしてくれた。おばあちゃんの家は、昔からの家であるが、最近の猛烈な夏の暑さからか、さすがにエアコンは完備しているが、普段は、あまり使わず、縁側でのんびりしていることが多いという。
「もう少し若ければ、庭の手入れとか自分でするんだけどね」
と言って、腰をさすって見せた。
綾子もおばあちゃんの家に行けば、縁側に座るのが好きだった。学校が終わってから行くのだから、午後四時過ぎくらいになっている。今はまだまだ暑さが残っていて、その時間でも、三十三度くらい平気にあるくらいで、日差しの強さも西日の角度から、余計に暑さを演出している。
だが、九月の声が近づいてきても、まだまだ暑さが残っている、
「これで残暑っていうんだからね」
というほど、今は季節が完全にずれてしまっていて、季節が一か月くらい遅くやってくるのか、九月になってやっと夏が半分くらいという異常気象である。
おばあさんの話では、おじいさんは数年前に病気で死んだという。子供さんたちは仕事の関係で近くにはいない。そのため、お盆かお正月くらいに帰省してくるくらいで、孫ともその時に遭うくらいだそうだ。
「この歳で、自分から会いに行くのもね」
と言っている。
家族の方からも、
作品名:天才少女の巡り合わせ 作家名:森本晃次