天才少女の巡り合わせ
ひょっとすると過去にも同じような特殊能力の持ち主の証言によって解決した事件もあったかも知れないが、真実を知っている人はいないだろう。
この男は、裁判で実刑判決を受けた。実は余罪がいくつかあり、このひき逃げもその余罪に関係しているということもあり、実刑で二年が確定した。
「なるほど、やつがあれだけ怯えていながら、名乗り出ることができなかったのは、この余罪が発覚することを恐れたからなのか」
ということであった。
そういう意味では、余罪の方が法律的には重たかったということになる。
その男が、もうすぐ出所してくるということを誰も気にしていなかったのだが、一人は気になっている人物がいるのは確かで、その人物というのが、巡査である武彦だった。
彼は自分が関わった最初の事件であり、綾子と知り合うことのできた一種の記念すべき事件として意識していた。そのためか、逮捕された犯人のことが気になっていた。別に気にしたからと言って何があるというわけでもないのに、何を気にしているというのだろう。
ひき逃げ班の名前は和田貢という。彼は二年という景気を経てシャバに戻ってくることになるわけだが、身寄りがあるわけでもなく、出所の時、誰も迎えに来ることはなかった。ただ、一人と言っていいかも知れない友人がいて、彼を訪ねることで、何とか生活を送ることができるという状況である。
彼は元々、職があったわけではなく、何を元に生計を立てていたのか捜査が及んでもよく分からなかった。ひき逃げ以外の余罪が多かったといっても、そのほとんどは大したことのないもので、ただ唯一酷いと言ってもいい余罪は、老人を騙して金を巻き上げるという詐欺集団の一員で、その手口を考える役回りを持っていた。
学歴があるわけでもないが、こういう悪だくみに関しては才能があったようだ。結構あくどい方法で詐欺を働いていたようで、その手口には血も涙もないと言われたものだ。
だが、そういう詐欺グループがまともに成功した試しがないように、彼らも詐欺が世間に露呈し始めてから、その後がひどかった。和田が詐欺を働いた後始末も綿密に計画していたにも関わらず、露呈したことで実行犯の連中が浮足立ってしまい、幹部のいうことを聞かなくなってしまったことで、統制が取れなくなってしまった。
こんな時こそ一致団結してことに当たらなければいけないのに、好き勝手に動いてしまっては、せっかくの計画も水の泡であった。
「しょせん、あの連中には無理だったんだ」
と、和田は急いで団体からの離反を計画し、何とか逃げることができた。
彼らは一網打尽で検挙され、当然のごとく和田の名前も挙がったが、すでに証拠も隠滅していたので、名前は上がっても決定的な証拠がないので、彼を逮捕することはできなかった。ただ、それでも間一髪であり、かなり肝を冷やしたに違いなかった。
和田は、本当は前述の通りの小心者であったが、それだけに十分な計画を立てておかなければ行動に移さない。しかし、綿密な計画を立て、それに自信を持つことができると、彼は大胆にもなれた。
その大胆さと小心者としてのギャップがあったから、彼を間一髪まで追い詰めはしたが、それでも何とか難を逃れられたのかも知れない。
それでも彼がもしこの詐欺集団の中で明確な証拠から起訴されて裁判になっていれば、どれほどの罪になっていただろう? 刑罰に関してまでは、ハッキリと分かっていないので見当もつなかなかったが、二年などではすまなかったかも知れない。
武彦は、和田がこの詐欺集団に関与していることを知っていた。実際に交番勤務などをしていると、世間でのウワサは耳に入ってくるというもので、
「三丁目のご老人が、詐欺に逢われて、数百万円だまし取られたんだって、お気の毒に」
などというウワサ話も入ってくるのだった。
ただ、あくまでもウワサであり、その事実を知ったところで、巡査としての自分が何もできるわけではない。
「捜査二課の人たちが捜査に当たってくれているはず」
と思っていた、
ちなみに捜査二課というのは、一課が強盗や殺人などのような強行犯を扱うのに対し、捜査二課では、詐欺や贈収賄などの、金銭や企業犯罪を扱う部署であり、いわゆる、
「知能犯が相手」
ということになる。
それだけに二課というのは、緻密な捜査が求められる部署と言ってもいいだろう。
刑事ドラマなどでは、基本的に捜査一課を中心に描いているが、捜査二課や三課(三課というのは、いわゆる窃盗犯を扱うもの)の方が圧倒的に一般市民が毎日直面している問題に対処しなければならないところでもあり、実際に接している部署と言ってもいいだろう。
和田の行っていた詐欺も、当然捜査二課でも捜査が行われていて、知能犯と言われるにふさわしいほどに鮮やかな手口で詐欺を繰り返していたのが、和田の所属していたグループの仕業だった。
警察も何とか彼らに近づくような捜査は行っているのだが、さすがに知能犯と呼ばれるだけの和田の計画には、これと言った隙はなかった。彼が計画した通りに行動していれば、何も恐れることはないと言われるほど緻密な計画だった。少子者のくせに下手に自己顕示欲が強いものだから、自分の才能を認めてくれた組織に恩義を感じ、その頭脳として動いていた。だから、和田には組織の本当の恐ろしさなど分かっていなかったのだ。
そんな和田だったが、警察に捕まる時は、いかにも神妙だった。いくら自分のいうことを組織がまともに聞いてくれなかったために、計画がめちゃくちゃになってしまったとはいえ、彼も組織の一員だった。だが、すでに捕まった時、彼は組織を見限っていたようだ。
自分の身の安全なところまでは、警察の尋問には答えようと思っていた。他の組織のメンバーからは漏れるはずのない情報が、和田の口から洩れてきたのだ。
和田とすれば、こんな組織、潰れてしまってもいいとまで思っていた。その方が本当はスッキリするのだが、ただ潰れただけではどうにも腹の虫がおさまらない気がしていた。
和田は自分が騙すことになった人たちに同情はしていない。彼らがどのようになったのか聞かされていなかったからで、それは組織が敢えてしなかったのだ、和田の性格からして、情に脆いところがあるので、下手に犯罪被害者の話を聞かせると、せっかくの彼の頭脳が鈍ってしまうと思ったのだ。
小心者であるだけに、ビビッてしまうと、自己嫌悪に襲われてしまい、悪知恵が働かなくなってしまうと思ったのだ。
その考えは間違っていなかった。彼に実態を知らせてしまうと、計画を根本から揺るがしかねない事態に陥ってしまうだろう。そうなると、頭脳が働かなくなるので、最後の砦が起爆剤になってしまう。それは避けなければいけなかった。
組織は和田が捕まってしまえば、戻ってきても、組織には参加させないつもりでいた。他に犯罪計画を立てることができる男を確保できたので、和田は必要がなくなったのだ。
作品名:天才少女の巡り合わせ 作家名:森本晃次