貴方と私の獄中結婚
「死刑囚でほんとに吊るされるやつっていうのは、五人にひとりくらいなもんなんですよ。法務大臣の先生がハンコを押したがらないのが理由だそうですけどね。それじゃ死刑に反対なのかっていうとそうでもないらしい。任期中にひとりも縊(くび)らず終(じま)いだったとなると自分の首を絞めちまう。監房が全部ふさがっちまいでもしたなら、十人も吊るす先生を引っ張ってきたりもするようですがね。とにかく政治の都合なわけです。ほっといても人はどうせ死ぬんだから、安全牌から選んで投げると。嘘でも罪を悔いてるフリをしてるやつはもちろんダメだし、ちょっとでも冤罪のおそれがあるのなんか絶対にダメ。そういう眼で見ていくと、どんなのが都合がいいかわかるでしょう?」
ニュースを見てりゃわかる話だ。あえてしたのは、彼女の反応を見るためだった。普通は一体どんな顔をするものなんだ? 右の頬を張られたら左の頬を差し出す聖人君子の顔か。恨みがましい柳の下の幽霊顔か。正義の怒りに燃え吠え狂う噛み付き犬か。人を見下し嘲ることしか知らない井中のカエル笑いか。
そのどれとも違っていた。彼女はにこやかに微笑んで、おれの言葉を平気な顔で受け止めていた。
「何を笑っているんです? ほんとに処刑されるのは、〈無期懲役を一度喰らって、娑婆に出てからまた殺しをやったやつ〉と相場が決まってるんですよ。後はせいぜい無差別通り魔とかそんなもんだ。あなたね、もし、そいつと一緒の墓に入る気でいるんなら、そろそろ準備しといた方がいいかもですよ」
「あら、お気遣いいただいちゃって」
気遣ってねえよ。なんだよこの人。ちょっと頭おかしいんじゃないか? 本当に普通の人間ならば、どんな顔するかわかってる。えっ、死刑? ウン、いや、そうね、いろいろと難しいんじゃないかなあ……って賛成か反対か? それはだから人権とかで、アハハ、でもまあ、あえて言うのであればあ、反、対、かな? うん、あえて言うならですよ。
とか言いながらその顔には、《人間のクズは吊るしてこそ世のためなんだ》と書いてある。それが普通の人間だ。
彼女は言う。「ずいぶんと死刑にお詳しいみたい」
「そりゃあそうです。こんな店をやってりゃね。酒飲みは正直でいいですよ。事件があればみんな言う。『あんなやつは死刑にしろ!』って」
「では獄中結婚は?」
「あなた、ちょっと、イカレてんじゃないですか?」
「お客さんがそう言うの?」
「いえ、ぼくが聞いてるんです」
「恋って、誰かにイカレちゃうことじゃないかしら」
「そういうのは、相手をよく見てないんだ」
「そうですよ。だって会ったことないですし」
「そうでしょ。なのに、なんで結婚しようなんて思うんですか」
「それは、よくわからないわ。だって顔も良くないし」
「はあ、顔が」
「地位やお金があるわけでもない」
「だろうな」
「わたしにどれだけ愛情を感じているか疑問もあるし」
「そうね」
「生まれてくる子供のことも心配で」
「ハン? ええと」
「でもわたし、感じたんです。ずっと探していた人にようやくめぐり会えたんだって。この人となら幸せになれる。わたしを幸せにしてくれる。絶対に間違いのないことだって」
横で男が『おかしくてたまらない』って顔してる。おれは睨みつけてやった。
「やっぱり、女の幸せって、結婚だと思うんです。そんなのは古い考えだと言う人がいるかもしれません。だから女はいつまでも男にバカにされるんだと言う人がいるかもしれません。でも、それこそ、心の狭い考え方じゃないでしょうか。世の中には本当に女を幸せにする男性がちゃんといると思うんです。わたしのように、素晴らしい人と結ばれる女もちゃんといるんです。わたし、今、毎日がとても幸せなんです」
「ははは」こんなの、笑うしかない。「それは何よりですね」
「はい。ありがとうございます」
「いいえ。こちらこそいい話を聞かせてもらって」おれは言った。「すみませんがそろそろ店の準備をしなけりゃいけないんです。もう帰ってくれませんか」