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貴方と私の獄中結婚

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03


 
「つまり、何?」おれはホトホトあきれて言った。「で、あなたが五人目で、五度とも獄中結婚ていうわけですか」
 
「そうです」
 
彼女はニコニコして答える。幸せいっぱいの新婚若妻という顔だ。
 
「なかなか興味深いだろう」
 
と男も言う。おれに何か恨みでも――まあ、あると言やあるんだが――しかし一体なんのつもりだ。
 
「実はこの人の話を聞いてね、ぜひ君に紹介しようと思ったんだよ」
 
「ふうん」なるほど、察しはつけておくべきだったよ。「また護衛でもやれっていうお話ですか」
 
「護衛?」と彼女。キョトンとして言う。
 
「いや、違うんだ。今日のはそういう話じゃない」
 
「護衛ってどういうことですか」
 
「なんでもない。昔ちょっとやってたってだけだ」
 
「調理師さんだったと伺いましたけど」
 
「そうです。まっとうな仕事でしょ?」
 
「まっとうなもんか。この男はそれで女を騙すんだ」
 
「やっぱり飲みに来てほしくないな。酔っぱらったら絡まれそうだ」
 
「だから代わりを紹介しようというんじゃないか。君だって客は欲しいだろ?」
 
「まあ、人によりけりですがね」
 
「何を偉そうなことを。それともあれか? 君のことだ。これ以上女の客が増えちゃうと逆に困る事情でもあるとかそういうことなのか? 特に美人だものなあ、彼女」
 
「ううう」敗けた。「結局なんの用なんです? この人の目を醒まさせろってことですか」
 
「あら。わたし、寝ているように見えました?」
 
「そういう意味で言ったんじゃないです」
 
「じゃあどういう意味なんだ? わたしにも起きてるように見えるがね」
 
「それじゃあきっとぼくが夢を見てるんでしょうよ。死刑囚と結婚ですって? 一体何を考えてるんだ」
 
「ひょっとして彼は無実かもしれないと」
 
「おやおや。彼はそう言ってるわけですか」
 
「そう主張しているようです」
 
「あははは。あなた、それを信じてるわけ」
 
「さあ。よくわかりません」
 
「なるほど。よくわからない」おれはコーヒーを飲み干して言った。「帰ってくれよ」
 
「まあまあ。そう慌てなさんな」
 
「ぼくはね、こんな話には付き合う気はないんですよ。大体、来るとこ間違えてるよ。お門(かど)違いもいいところだ」
 
「わたしも最初はそう思った」
 
「でしょう? 勘弁してくださいよ」
 
「まあ、だから話を聞けって。この人のダンナは死刑囚なんだよ」
 
横で彼女がニコニコして頷いた。
 
「もうすぐ首を吊るされちゃうんだ」
 
ふたりでニコニコ笑っている。おれはどうにも気味の悪さを覚えながら、「それはどうですかね」と言った。
 
「死刑囚つったって、ほんとに執行されるのなんかいくらもいやしないでしょう。大抵獄死……」いや、「そうか」
 
「そうなんだ。デッドプールの本命馬でね。いま賭けるならアタマはこいつで決まりってわけさ」
 
「って、当分は先の話なんでしょう?」
 
「たぶんね。だから、賭金を集めるには充分だよ」
 
「本当にデッドプールをやる気ですか? まさかこの店でやろうってんじゃないでしょうね?」
 
「まさか、そこまで悪趣味じゃない。でもなかなかおもしろそうだな。吊るし首が出るたんびに次の賭場(とば)を開くってのは。儲かるかもしれないぞ」
 
「やれやれ」
 
タチが悪過ぎる。シラフでする話じゃないと思いながら、おれは彼女の顔を見た。
 
そんな賭けがあるのなら一口乗りたいみたいな顔で笑っている。どうにもわけがわからなかった。
 
「死刑囚でほんとに吊るされるやつっていうのは、五人にひとりくらいなもんなんですよ。法務大臣の先生がハンコを捺したがらないのが理由だそうですけどね。それじゃ死刑に反対なのかっていうとそうでもないらしい。任期中にひとりも縊らず終いだったとなると自分の首を絞めちまう。監房が全部ふさがっちまいでもしたら十人も吊るす先生を引っ張ってきたりもするようですがね。とにかく政治の都合なわけです。ほっといても人はどうせ死ぬんだから、安全牌から選んで投げると。嘘でも罪を悔いてるフリをしてるやつはもちろんダメだし、ちょっとでも冤罪のおそれがあるのなんか絶対にダメ。そういう眼で見ていくと、どんなのが都合がいいかわかるでしょう?」
 
ニュースを見てりゃわかる話だ。あえてしたのは彼女の反応を見るためだった。普通は一体どんな顔をするものなんだ? 右の頬を張られたら左の頬を差し出す聖人君子の顔か。恨みがましい柳の下の幽霊顔か。正義の怒りに燃え吠え狂う噛み付き犬か。人を見下し嘲ることしか知らない井中の蛙笑いか。
 
そのどれとも違っていた。彼女はにこやかに微笑んで、おれの言葉を平気な顔で受け止めていた。
 
「何を笑っているんです? ほんとに処刑されるのは無期懲役を一度喰らって、娑婆に出てからまた殺しをやったやつと相場が決まってるんですよ。後はせいぜい無差別通り魔とかそんなもんだ。あなたね、もしそいつと一緒の墓に入る気でいるんなら、そろそろ準備しといた方がいいかもですよ」
 
「あら、お気遣いいただいちゃって」
 
気遣ってねえよ。なんだよこの人。ちょっと頭おかしいんじゃないか? 本当に普通の人間ならばどんな顔するかわかってる。えっ死刑? ウン、いや、そうね、いろいろと難しいんじゃないかなあ……って賛成か反対か? それはだから人権とかで、アハハ、でもまあ、あえて言うのであれば、反、対、かな? うん、あえて言うならですよ。
 
とか言いながらその顔には『人間のクズは吊るしてこそ世のためなんだ』と書いてある。それが普通の人間だ。
 
彼女は言う。「ずいぶんと死刑にお詳しいみたい」
 
「そりゃあそうです。こんな店をやってりゃね。酒飲みは正直でいいですよ。事件があればみんな言う、『そんなやつは死刑にしろ!』って」
 
「では獄中結婚は?」
 
「あなた、ちょっとイカレてんじゃないですか?」
 
「お客さんがそう言うの?」
 
「いえ、ぼくが訊いてるんです」
 
「恋って、誰かにイカレちゃうことじゃないかしら」
 
「そういうのは相手をよく見てないんだ」
 
「そうですよ。だって会ったことないですし」
 
「そうでしょ。なのに、なんで結婚しようなんて思うんですか」
 
「それは、よくわからないわ。だって顔も良くないし」
 
「はあ、顔が」
 
「地位やお金があるわけでもない」
 
「だろうな」
 
「わたしにどれだけ愛情を感じているか疑問もあるし」
 
「そうね」
 
「生まれてくる子供のことも心配で」
 
「ハン? ええと……」
 
「でもわたし、感じたんです。ずっと探していた人にようやくめぐり会えたんだって。この人となら幸せになれる。わたしを幸せにしてくれる。絶対に間違いのないことだって」
 
横で男が『おかしくてたまらない』って顔してる。おれは睨みつけてやった。
 
作品名:貴方と私の獄中結婚 作家名:島田信之