短編集95(過去作品)
元々佐川は、子供の頃に家族で釣りに行ったものだった。そのことを最初にマスターに話していたので、マスターも気兼ねなく話しかけてくる。聞いていて楽しく思えるのはそのせいもあるのだ。
そしてもう一つ、
――俺って結構聞き上手なんだな――
と感じることも、話を聞いていて違和感がないことを証明している。聞き上手ということは、相手を気持ちよくして、聞かされる自分も嫌な気分にならないこともあって、長所以外の何者でもないであろう。
そこで思い出したのが、思い込みが激しいという性格だった。
きっと短気なところがあって、それが貧乏性のように慌てた気分にさせるのかも知れない。
ひいては、自分に自信がないからだろう。思い込みが激しいということは、最初は自分に自信がありすぎて、それが悪い方向に向いてしまっていると感じていた。
――それも間違いではないかも知れない――
確かに思い込みの激しさは、悪いことばかりを引き起こしたわけではない。それでは、もし思い込みの激しさが自分の中から消えてしまったらどうだろうと考えたこともあった。一生懸命に想像してみたが、思い浮かべることはできない。それだけ自分の性格を構成する上で大きなものなのだ。
――やはり、短所だけだとは言えないのかも知れないな――
と感じた。その裏には長所が隠れていてそれを伸ばしてあげるという福山の考え方を今さらながらに思い出した。きっと、そのことをウスウス気付いている佐川が福山はお気に入りだったのかも知れない。
思い込みが激しいが、人の話はしっかりと聞く。これがいいバランスを築いている。あまり人と会話しなくとも、相手には聞いてもらえるだけで安心感を与えられればそれだけでもいいのだ。
居酒屋で一人考えている佐川は、聞き上手の時の佐川とも、思い込みの激しい佐川とも違っている。いろいろなことを考えているのだが、どちらかというと現実離れしたことを考えていることが多い。想像することが好きな佐川は、SF小説やミステリーを読むのが好きだ。一人呑んでいる時、そんなストーリーを思い浮かべている。
後で思い出して覚えているものではない。もし覚えていれば小説くらい書けるのではないかと思えるほどで、覚えていないからこそ、想像力が沸くのだとも思っている。
――そう簡単に想像したことを覚えられるようなら、誰でも小説家になれるってものだよな――
と思わず一人にやけてしまう。
「どうして今日は俺を誘っただい? あまり会社でだって話すこともないじゃないか」
と斉藤に聞いてみた。実は、何となく頭の中で気付いたことがあったが、それはインスピレーションで感じたもので、あながち違っていると思えないところが、思い込みの激しい佐川らしかった。
「実は、佐川君が俺と同じように見えたからなんだよ」
「というと?」
「実は、俺は今小説を書いているんだけど、居酒屋にき始めたきっかけというのが、ここなら想像力が沸くだろうと考えたからなんだ。確かにいろいろな人が来て、居酒屋でしかできないような他愛もない話から、本音が引き出されるだろう。それが発想に結びつくんだよ。特に居酒屋って、いろいろな職種の人たちが来る。自分たちにないものをたくさん持っていると思うんだ」
確かに佐川の馴染みの店でもいろいろな職種の常連がいる。その中でも建築業や自営業の人の話を利いているだけで面白い。
「人生の縮図だね」
「そうなんだ。それが見たくて居酒屋に来るようになったんだ」
「それは俺も感じているよ」
「社会人になって、最初に居酒屋に行ったのが、あれは出張で出かけた時だったかな。初めて出張に出かけた時に上司に連れて行かれたのが最初だったんだけど、学生の頃に行っていた居酒屋とは雰囲気が違う。学生の頃っていうのは、宴会が主だっただろう。カウンターで呑んだりすることなんてなかったからね」
斉藤のように体育会系の人は特にそうだろう。宴会場を貸し切って、大きな呑み会をしていたであろうことは想像がつく。あまり佐川に馴染めないものではあるが……。
斉藤は続ける。
「最初こそ先輩と一緒に行っていたんだけど、最近は一人での出張が多くなったんだ。それは君も同じことかも知れないけどね。俺の場合は、夕食にはビジネスホテルの近くで居酒屋を見つけてそこに入るようにしているんだ。何しろビジネスホテルには夕食がつかないからね」
それは佐川も同じであった。出張先で接待を受けることも少なくはないが、それよりも一人チェックインしたあと、近くの居酒屋を探す方が、どれだけ楽しいか分からない。居酒屋というのが、自分の性に合っていると思うようになった証拠である。
それにしても、なかなか本題に入ろうとしない斉藤だったが、それが分かったのは、話をしながら指を折り曲げたり伸ばしたりしていて、それを自分で見下ろしている姿を見たからである。
――落ち着きがないな。こんな斉藤は初めて見た――
「どうしたんだい? 何か悩みでもあるのかい?」
「悩みというわけじゃないんだ。他愛もないことさ」
と言いながら下を向いた。斉藤のように、悩みなどないように思われている人は、却って他愛もないことでも大袈裟に考えるものではないだろうか。特に人の目を人一倍気にしているのではないかと思うと余計にそのことを感じる。
「あれは福岡に出張に行った時だったかな。最初から胸騒ぎのようなものがあったんだが、風邪を引いていたこともあって、体調が悪いからだと思っていたんだ」
福岡というと、佐川も何度か訪れたが、ラーメンのおいしいところで有名だ。だが、一人でいつも行動しているせいか、なかなかおいしいラーメン屋に行き当たらない。
――相性が悪いのかな――
いろいろな都市に出張に出かけると、その土地と相性が合う合わないがあることに気付いてくる。そういう意味では福岡はあまり相性のよい土地ではない。
東京からだと、どうしても飛行機になる。羽田空港を飛び立って福岡まで、それほど時間は掛からないが、着陸するために海から侵入する時、福岡市内を旋回して南から着陸態勢に入る時など、結構見ごたえがある。佐川の好きな光景の一つであった。
いつも飛行機とは限らない。
途中、大阪から広島と寄る時は、陸路新幹線を使うことが多い。新幹線はトンネルが多くあまり好きになれないが、トンネルを出てからそれまでの田園風景から一転、ビル街に入り込む光景を見るのは好きだった。空路も陸路も、街並みが見えてからの光景は、甲乙つけがたいものがある。
佐川の会社では、福岡に宿泊する時、いつも同じ宿を使っている。事務所に近いところで、博多駅からも近いので便利がいいのだ。福岡空港からも、地下鉄で十分と掛からない。これほど便利のいいところはないかも知れない。
以前は、そのあたりにはコンピュータメーカーや、金融機関の大手の支店が連なって事務所を構えていたが、今では以前博覧会を行った跡地に設けられたビル街に移っていた。環境はいいのだが、如何せん博多駅から遠いのは難点であった。
「斉藤君は霊感が働く方なのかい?」
作品名:短編集95(過去作品) 作家名:森本晃次