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短編集95(過去作品)

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 福山から言われたが、その時の福山の表情が印象的だった。
 責めているような険しい表情ではなく、まるで包み込んでくれるような優しい表情だった。
「別に治そうなんて思わなくてもいいんだよ。それが君の性格なんだからね」
 と言われて、
「だけど、損することばかりだからね。あまりいい性格ではないんだ」
 と答えると、
「そんなことはないさ。俺は君のその性格は好きだよ。まあ、そのままでいいとは言い切れないけど、でも、治そうと思い切ってしまわない方がいいと思うんだ。そう感じると却って思い込みに拍車を掛ける結果になるとは思わないかい?」
 考え込んでしまった。確かに福山の言うとおりである。
「無理を通せば道理が引っ込む」
 という言葉もあるではないか。冷静になることが大切だ。
「それに、君は短所だと思っているんだろうけど、短所の近くにこそ、最大の長所が隠れていることもあるんだよ」
「長所は短所と紙一重ってことかい?」
「知っているじゃないか。その通りだよ。短所を治すよりも、長所を見つけて、それを伸ばしてやることで、短所が知らず知らずに治るということだってあるんだぞ。そっちの方が却って多いかも知れないな」
 こういう話をしている時が一番福山と一緒にいて楽しい時間だ。
 他の人といると寡黙なことが多い佐川も、福山の前では饒舌になれる。そして、この時の自分が本当の自分なのではないかと思えるのが好きであった。
 佐川は、自分なりの営業を頭に思い浮かべていた。中々自分が営業などというのは思い浮かばなかったが、福山と一緒にいる時の自分を出せばいいんだと思うことで、自分が営業職に就いた時のイメージが漠然と頭の中に浮かんでくるのだった。
 それに比べると斉藤はまったく違う。彼の場合は佐川や福山にはないものを持っている。ある意味営業で一番大切なものではないかと思えるほどであるが、それは迫力というものだった。
 さすがに大きな身体に大きな声、これだけでも大きな武器になる。相手を納得させるには十分なくらいではないだろうか。
「この人なら信用できるかも」
 と相手に思わせれば、それだけで十分である。
 佐川が描いた営業としての自分、それは商品知識や誠意を元に相手を納得させる雰囲気作りと、相手の目を見ることで信用してもらおうという心意気であった。しかし、斉藤の場合はそんなものがなくとも、最初の印象で相手を圧倒させるだけの雰囲気を持っている。まさしく営業をするために生まれてきたような男である。
 そんな斉藤とはウマが合うはずもないと思っていた佐川だったが、ある日斉藤から話しかけられてビックリした。それは研修期間が終わり、赴任先が決まってからのことだった。元々二人は研修期間の支店も近く、時々仕事で先輩について斉藤のいる支店に出向くことがあった。その時に斉藤に話しかけられたのだ。
「一緒に呑みにでも行きませんか」
 と、まさか彼から敬語を使われるなど思ってもみなかったのでビックリしていた。仕事上では敬語を使う斉藤だったが、同期入社の仲間と話す時に敬語を使っているのを初めて見た。それほど彼の持っている迫力に、誰も敬語を使わないことへの違和感を覚える人はいなかったということだ。
 それが悩み相談だったのだから、さらにビックリ、斉藤に悩みなどあるはずもないと思っていただけに晴天の霹靂だった。
 福山の顔を思い出していた。意識して思い出したわけではないが、ハッキリと福山の顔を思い出せないようになってしまったほど、時間が経ってしまったことに少しショックを覚えてしまった。
 呑みに行った場所は斉藤の行きつけという居酒屋だった。彼が一人で居酒屋に行く光景を思い浮かべたが、最初はなかなか思い浮かぶものではなかった。狭いカウンター席に座って呑んでいる姿が滑稽にさえ感じたからだ。
 身体が大きい人が呑んでいる姿は、後ろから見ているのを想像すると、どうしても背中を丸めているように見えて、あまり明るい光景ではない。どう考えても、斉藤が一人で呑みに行くというのは、明るい雰囲気を感じさせるものではなかった。
「いらっしゃい」
 赤提灯の明るさが、却って哀愁を感じさせる。入り口からは焼き鳥の香ばしい匂いが漂ってきて、食欲を誘う。
 佐川にも行きつけの店があるが、自分ならきっと他の人をその店に誘うことはないだろう。
 店の雰囲気はとてもよく似ている。客層には違いこそあれ、マスターの雰囲気も似ているように感じる。
 カウンターの中央で忙しく焼き鳥を焼いているマスターは小太りで、隣にいるアルバイトの女の子が客にビールを出していた。
――そういえば、初めて入った時に見た光景もこんな感じだったな――
 居酒屋というのは、大体同じような雰囲気が多いのかも知れないが、だからこそ、誰もが違和感なく入ってこれるのだろう。馴染みの店でなくとも一見さんと言われようとも、客には変わりない。
「佐川君は、居酒屋になんて行かない雰囲気に見えるけど、どうなんだい?」
「そんなことはないよ。僕にだって馴染みの居酒屋があるんだよ」
 店を見渡していたら、きっと珍しくて眺めているように見えたのだろう。斉藤が話しかけてきた。さっきまでは敬語だったのだが、さすがに自分の城に招いたという意識があるのだろうか、同等の話し方になっていた。
 そっちの方が話しやすい。せっかくこれからアルコールが入るのだから、堅苦しいことは抜きにしたいものだ。
 馴染みの店での佐川は、ほとんど誰とも話すことはない。時々話しかけられると、話題に入っていくことはあるが、いつも一人で静かに呑んでいる方だ。しかも呑むのは日本酒、夏でもビールを呑むことはない。
 ビールの場合、発泡性があるせいか、すぐにお腹に溜まってしまって、食事が食べられなくなってしまう。その点、日本酒は、ゆっくりと呑んでいればおいしいし、食事も普段よりおいしく食べられるような気がするのが好きなのだ。
 馴染みの客の多い店で、ほとんどが顔見知りと言ってもいい。だが、最初に話しかけて馴染みになっていればいろいろな会話もあるのだろうが、最初に会話に入って行かなかったことで、いつも一人で呑むことになってしまった。
 それが嫌だというわけではない。嫌なら店には行かないからだ。下手をすると、居酒屋に行こうなどと思わなくなるのだろうが、佐川の場合は違っていた。
――元から一人で呑むのが性に合っているのだろう――
 と感じるほどで、まわりの人も分かっているのか、必要以上に話しかけてこない。
 マスターとは時々話をする。綾井時間などは、まだ誰も来ていないことが多く、一人カウンターで呑んでいると、マスターが話しかけてくれる。釣りが好きだというマスターの話は釣りにいった時の武勇伝が多いが、聞いていて嫌な気分にはならない。
 アルコールの魔力と言ってしまえばそれまでだが、まるで自分までが釣り好きになっていくような気がするくらいだった。マスターと一緒に釣りに出かける気分になっては、釣れた感触を思い出してほくそ笑んでいた。
作品名:短編集95(過去作品) 作家名:森本晃次