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短編集95(過去作品)

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 和代の身体から感じていたもう一人の男の気配が次第に薄れてくる。彼女は最初から二人の男と手玉に取ろうとでも思っていたのだろうか。そうは思えない。抱かれながら同じ男に二度抱かれているような快感に酔いしれていたようにしか思えない。今日の坂崎はいつもと違っていた。精神的に疲れを感じていた。それは和代を抱くことにも影響があるほどの疲れだった。
 最初からその日は身体がゾクゾクし、顔が紅潮していた。手がワナワナと震えていたかも知れない。最初から殺意があったような気持ちだ。
 だが、後から考えてみれば、こんな気持ちが殺意であると誰が証明できるだろう。本人である坂崎も一瞬殺意ではないかと感じただけで、すぐに打ち消していた。
「もう、あの人は現れないわ。安心して」
 和代が呟いたが、どこからその根拠が現れるのか、和代の言葉に同感だった。
――一瞬にして消えた殺意――
 それは、感じてから消えるまでの間に、坂崎が自分の中にある何かを抹殺した感情に他ならない。
――母親に対する感情――
 いつも何かを考えている坂崎は、和代の中に母親を見ていた。
――母親を見ているもう一人の自分――
 抹殺したとすれば、もう一人の自分であろう。
 暗い部屋に目が慣れてくる。
 そこにいるのは果たして誰なのか? 和代だとばかり思っていたが、肌の感触が少し違う。みずみずしさは感じないが、酸っぱい匂いは懐かしさがある。
「私はずっとあなたのもの」
 そういい続けた和代はすでに征服したも同然だった。だが、この感触は和代とは微妙に違う。
「お父さん……」
 その言葉にハッとして目を大きく開けた。いつも何かを考えてばかりいる自分に気付いた時を思い出した。自分というものを初めて自覚することができた時、その瞬間が思い出される……。もう二度と思い出すことのできない気持ちである。何しろ、この気持ちとともに抹殺されたのだから……。
 あぁ、そして、そこにいる女性は、まさしく初めて女を感じた時に感じた母の姿があった……。

                (  完  )

作品名:短編集95(過去作品) 作家名:森本晃次