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短編集95(過去作品)

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 しばらくは暑さに酔っていたが、そのうちに淫靡な気分になってきた。暑さからか酔いからか、睡魔が一気に襲ってきたのだ。淫靡な感覚は匂いによるものだった。甘いような柑橘系を含んだような、何ともいえない淫靡な匂いである。女性の身体を知らないわけではない坂崎だったが、その時に感じた匂いは、それから先もしばらく忘れることなどないと感じるほどだった。
 睡魔というのは、深夜でもある程度の時間までは結構もつものなのだが、ある一点をすぎると、そこからは襲ってくる睡魔に勝てるものではない。瞼が重たくなり、身体の感覚が麻痺してくる。遠近感が取れなくなってきたかと思うと、暗い店内がさらに暗く感じられるようになり、そこから先は意識に自信が持てなくなる。
 ママの話は遠くで聞こえているのを感じながら、身体全体が気持ちよくなってきて、全身が麻痺してきたかと思うのが先か、眠ってしまったようだった。
 気がつくと暖かさが身体に纏わりついている。暑さではなく暖かさで、その暖かさには柔らかさが感じられる。
――懐かしい感覚だ――
 背中に掻いていた汗を全身に感じたが、それは気持ち悪いものではなく、心地よいものだった。
 ツンとした匂いが鼻をつく。先ほど感じた淫靡な匂いがさらに強くなり、甘さを通り越して酸っぱい匂いだけが充満していた。身体全体がすべて敏感になっていて、身体全体で匂いもそして暖かさも感じている。こんな感覚は今までにはなかったもので、ずっと身体が覚えているだろう。
――夢なら覚めてほしくないな――
 と感じたほどで、逆に、
――夢であった方が、却っていいかも知れない――
 とも感じた。だがそれは一瞬で、なぜそんなことを感じたのか自分でも分からない。気がつけば、隣からスースーと心地よい寝息を感じ、隣にいるのが女性であることを初めて理解した。
――そうだ、今日はスナックに寄ったんだ――
 とすぐに状況を理解していた。隣にいるのはさっきまでカウンター越しに話を聞いていたママである。なぜか後悔はなかった。逆にサッパリしたものを感じたくらいで、女性を抱いた後というのはもう少し我に返って、倦怠感や憔悴感を感じるものだと思っていたのに意外だった。
 初めて会った女性をいきなり抱いたなんて、今までの自分から信じられることではなかった。相手はスナックのママ、男と寝ることは他のOLなどと違った次元の意識を持っているのではないかと思ったほどだ。
 だが、彼女が気付いて目を開けた瞬間、そんな思いは吹っ飛んでしまった。
――かわいい。これがさっきカウンター越しに見せていた営業スマイルのママなのだろうか――
 と目を疑ったくらいだ。
 煩わしそうに目をこすりながら、必死になって開けた目を見ていると、その瞳に写っている自分の顔が見えていた。まるで目に吸い込まれるような気がするくらいで、思わず唇を近づけた。
 するとママも、まるでそれを待っていたかのように半分唇を開け、坂崎の舌の侵入を容易に受け入れたではないか。目を瞑って受け入れる彼女の頬は上気していて、恥じらいを十分に感じさせる。
 その時、自分が男であることを今さらながらに悟った坂崎は、力の限りママを抱きしめる。腰を抱く手に力が入ると、ママの手にも力が入る。気持ちを一つにしようと二人で必死になっているのだ。
 二人だけの世界は淫靡な香りと静寂に包まれ、暗い部屋に吐息だけが漏れていた。想像しただけでたまらなくなってしまうような雰囲気に、湿気を含んだ重たい空気を感じていた。
 男としての部分が、静寂の中に響く、抑えようとしても抑えきれない淫らな声に反応し、脈打っている。それに伴って滴り落ちる蜜に、女の部分を隠しきれないママがいとおしく、重ねた身体を離すまいと必死になって貪りついてくる。
――女性って、こんなにも可愛いんだ――
 またしても、可愛らしさを感じた
 初めて会ったなど、信じられない。以前から知っているような身体に、懐かしさを感じると、包まれている暖かさは、いつまでも続くように思えてならない。
 一気に高ぶった気持ちを放出すると、襲ってくる倦怠感、今までにないほど敏感になった身体から、湯気が出ているのを感じた。
――ここでタバコを燻らせれば恰好いいんだろうな――
 と、初めてタバコを吸わない自分が惜しいと感じた。吸わないことに固執し、吸っている人たちを、疎ましく思っていた自分とは、その時の自分が違った。
 初めて抱いた女性を思い出していたが、リードしてくれた時に見せた妖艶な笑みを、ママに感じていた。
――従順な中に時折見せる妖艶な笑み――
 着痩せするのか、服を脱いだ時にあらわになった豊満な胸に母親を思い出していた。母親を思い出すことが女性への興奮を高めるのだと感じたが、懐かしさが心地よさを有無というのも紛れもない気持ちで、爽やかな風に身を任せたくなるような感覚だった。
 ママの名前は和代という。その時の和代はまさしく「オンナ」であった。
「私、誰にでもあんな気持ちになることはないのよ」
 と話した通り、坂崎の腕の中では実に従順だった。
 甘酸っぱい時間が二人の間にあった。時々虚ろな目で遠くを見つめる和代は、人一倍疲れやすい性格なのか、それとも瞬間瞬間を思い切り感じてしまうタイプなのか、愛し合った後、いつも放心状態が続いている。
 話しかけても返ってくる答えが的を得ていなかったり、まるで魂の抜け殻になってしまうことすらある。
 男にとってそんな女性は嬉しい以外の何者でもない。
――自分のためにここまで感じてくれているんだ――
 そう思うだけで、男冥利に尽きるというものだ。
――これだけの感動を女性から与えられる男が他にどれだけいるのだろう――
 などとまるで子供のような考えを思い浮かべて、一人ほくそ笑んでいることもある。実に男とは他愛もない動物だ。自分でナルシズムに浸っていて、自分がナルシストになっていることを分かっている。これも面白いもので、くすぐったい気持ちはあるが、嫌ではない。
 その日だけで和代との関係が終わってしまうなど考えられなかったが、思ったとおり、数日後に店に行くと、
「お待ちしていましたわ」
 と和代の目が、安全にオンナになっていた。その目は完全に最初に抱いた時の従順な目で、お互いのすべてを知っている二人にとって、暗黙の了解も同然だった。
 やはりその日も客はいない。
「いつも客がいないけど、大丈夫なのかい?」
 余計な心配をして、却って怒らせるのではないかとも思ったが、
「大丈夫よ。あなたが来てくれる時は、他に客が来ないでほしいって、私が祈っているのよ。あなたもそうでしょう? 他に誰もいませんように、って祈ってくれているのよね」
 図星であった。
 この店に他の客がいる雰囲気を感じないのはなぜであろうか。いくらこじんまりとしているとはいえ、店の空間すべてを二人で共有するには広すぎる。いや、店の空間だけではない。店の奥にある和代の部屋、誰も知らないはずの甘酸っぱい部屋まで、二人の空間である。
 店の中ではママだった。他に客がいないとはいえ、最初こそ従順な表情だったが、あとは、ママと客、毅然としていて、淡々と仕事をこなしている。
作品名:短編集95(過去作品) 作家名:森本晃次