錯視の盲点
しかし、その作品は、新宮氏にも同じように郵送する予定のものだったので、郵送に待ったをかけようとしたが遅かったというわけである。販売しようとしているものを、他人に聴かせることを嫌った児玉は、急いで鎌倉探偵に依頼したというわけだ。こういう時の探偵はフットワークが軽いので、探偵しかないと思った。それは正解だったのだが、まさかこの時期に当の新宮氏が殺されてしまうなど、思ってもいなかったのだ。
実は殺された新宮氏は、人の作品を自分のものにするという前科がかつてあった。ある筋では公然の秘密になっていたが、そのことを知った人物がいた。それが彼の後輩である樋口泰司だった。
彼は音楽関係ではなかったが、新宮氏に自分のアイデアを盗まれ、発表されそうになっていたようだ。
樋口氏は、その事実を知り、怒りがこみあげてきたが、まさか殺そうとまでは思っていなかった。それで、とりあえず新宮氏のプライベートを探るというところから始めてみることにした。
実はその時に樋口氏は管理人の貝塚三郎と面識があった。
管理人の方は覚えていなかったようだが、それもそのはず、樋口氏が新宮氏のプライベートを探っているということは、なるべく表に出さないようにしていたからだ。
管理人もその時まさか新宮氏がそんな悪いやつだったという認識もなかったので、樋口氏が新宮氏を探っているという意識もなかったのだ。
新宮晴彦という男は、大それた悪いことをするわけではない。小さなことをちょこちょことしているだけの、まるでコソ泥のようなやつだったが、被害に遭った人にはそんなことは関係ない。しかも、彼の悪さは、犯罪に抵触するほどのものではなく、相手を精神的に打ちのめすほどのものではあるが、表に出たとしても、罪に問われることはない。
要するに、
「泣き寝入り」
となるのだ。
だから、警察が新宮氏の話を会社に聞きに行っても、彼に対して、
「私はよく知りません」
という冷淡な返事しか聴けなかったのだ。
本当は憎んでも憎み切れないのに、いまさら死んだ相手の恨み言を言って何になるというのか、それを思えば、冷淡に突き放すだけしかできなかったのだろう。
だからみんな。心の中で、
「どうせ、誰かに殺されると思っていた」
であるとか、
「いい死に方はしないだろうと思っていた」
という思いを抱いているに違いない。
鎌倉探偵は、その様子を聴いて、さぞや新宮氏が嫌われているということを悟った。警察もそのつもりではいただろうが、あくまでも犯人をその中から探すという目的で聴いているので、彼の性格としては二の次だったのだ。この彼の性格がこの事件においてどれほど重要なものなのか、すでに見誤っている警察が真実に辿り着くのはまだだいぶ先になるだろう。
ただ、証拠は次第に集まってくるだろうし、取捨選択をすれば、真相に近づくこともできるはずだ。それには時間を要するということであり。発想をどこかで転換させなければ真実に近づくことはできないだろう。
そう思うと、鎌倉探偵は、再度自分の頭をリフレッシュさせて考えようと思うのだった。
鎌倉探偵はこのCDを持ち主の児玉氏に返した。これで以来の半分は解決できたことになる。
「ありがとうございます。これが帰ってこなかったら、安心できませんからね」
と児玉氏は言った、
「やはり管理人のところにありましたか?」
「ええ、そうですね。管理人からもらい受けてきました」
「そうですか。それはよかった。新宮さんのところに渡っていればもっと怖かったんですが、管理人のところで止まっているというのも少し怖いですからね」
「どうして?」
「だって、管理人の手から樋口の手に渡らないとも限らない。これは安心できませんからね」
「樋口氏というのは、もう一人の第一発見者ですね?」
「ええ、彼も実は僕や新宮さんと同じような音楽の作曲家なんです。彼は僕たちとは少し違ったもっと斬新なものを製作しているようで、ようで、どうもそれが今回認められるような話を聞きました」
「なるほど、そういうことがあったんですね」
「でもですね、今度その作品発表で少しもめたようなんですよ。というのは、その似たような作品を新宮氏が発表するという話がありましてね。これは本当に一部の人間しか知らないことなので、警察もまだ知らないと思うんですが、そのことがあってから、二人の間にはぎこちなくてきな臭いウワサが流れているんですよ」
「よくご存じですね」
「ええ、今度僕が発表することになった作品の担当をしてくれた人が結構おしゃべりで、何でも話してくれるんですよ。そうじゃなければさすがに僕も知りませんからね」
「じゃあ、樋口氏にも新宮さん殺害の動機があったんだ」
「そういうことになりますね。ただ殺害の動機としては小さくないですか?」
「そう、それだけ一つならね」
「どういうことですか?」
「何となくですが、だんだん分かってきた気がします」
という鎌倉探偵を見て、児玉氏は少し興奮してきた気がした。
「これは楽しみだ」
「今度の事件は、一つでは殺人の動機にならないようなことでも、それが二つに交り合えば立派に殺人が完成するというような事件なんです。つまりこれは複数犯、主犯共犯という構図ではなく、二人とも主犯であり、共犯でもあるんです」
「どういうことでしょう?」
「ここからはまだ想像の域を出ませんのでそのつもりで聴いてください」
「ええ、分かりました」
「まず、犯人は管理人と、樋口泰司。管理人の方は、イヌがらみ、そして樋口氏の方は音楽作品の盗作がらみですね。樋口泰司は、盗作されそうになっている作品を彼から盗み返そうとした。それを新宮氏に見つかったんじゃないでしょうか? そこで思わず殺してしまった。首を絞めて殺したんでしょうね。そこで死亡推定時刻をごまかせるかどうか分からないけど、逆さにすることで、頭に血が上ってごまかせるとでも思ったのかも知れないですね。後で自分が第一発見者にでもなるつもりだったんでしょう、もちろん、管理人も一緒にね」