錯視の盲点
「そんなことはないんだよ、矛盾があるということは、その後のピースを無理な形で嵌めこむか、無理のないところまでさかのぼるかしかないんだよ。でもm無理にはめ込むことは他の矛盾を引きおコク可能性がある。しかも、今度の矛盾はさらに小さなものになるはずだよね。矛盾というものは大きいほど、少しずつでも狭めていけばいいのだろうが、小さくなってしまうと本当に同じ形でないと補えなくなる。例えば、君は双六をやったことがあるだろう? あれと同じで、最後のところで、サイコロがちょうどゴールまでと同じ数でなければ、もう一度戻ってくるということをしなければいけない。残りが少ないほど難しいというのは、そういうことなんだ。矛盾が小さいとピタリと嵌るののがなければ、それは他のどこかがおかしいということさ。そうなると、小さな点から、少しずつ開けていって、見るよりも、一度壊して最初から組み立てる方が早い時もある。ただ、これは極論でもあるんだ。締め切りが迫っている時に、果たしてすべてを壊すだけの精神的な余裕が持てるかどうか、それが難しいんだよ。つまりは、日ごろからそういう訓練をしていないと、いきなりできるものではない。私はそれが難しいのだろうと思っているのだよ」
と鎌倉探偵がそう言った。
そういう意味で今、鎌倉探偵は、事件のしめに入っていた。
そういう意味では警察よりもかなり先に立っているわけだが、だからと言って、自分が有利な位置にいるという意識はなかった。
「ボタンをつけ間違えると、取り返しのつかないことになる」
というのが、鎌倉探偵の持論で、それも、さっきの矛盾の大きさという考えに結び付いてくるものであった。
今回のマンションへの訪問で聞けた、管理人の人間性と、そしてペットを飼っていいということを承認したということで、管理人が何か後悔しているような素振りが見え隠れしていると感じたのは、鎌倉探偵だけだろう。
警察は隣の住人の証言から、
「管理人さんというのは、本当に寛容な方で、私たち住人の気持ちをよく察してくださる人なんです」
というイメージで凝り固まっているのではないかと思う。
しかも、彼の温厚な雰囲気と、死体の第一発見者であり、それも一人ではなく、もう一人いたということで、第一発見者を疑うという条件に当て嵌まらないと感じているからではないだろうか。
第一発見者と疑えというのは、自分が第一発見者になることで、犯行において残してきたものを始末するための行動であったりするのが目的ではないかと思っている。これだけ大胆な状況を作り出し。まるで猟奇的犯罪ではないかという様相を呈していることから、いまさら何かの証拠の隠滅もないというものであろう。
このあたりは、警察でも鎌倉探偵でも同じ考えのようだった。
鎌倉探偵の今回の訪問で一番の成果というか目的は、児玉氏からの小包を持って帰ることだった。
ここまでくれば勘が鋭い読者諸君のことなので、鎌倉探偵に事件に関しての何らかの依頼をしたのが児玉氏であるということは分かっていただけるだろうか。
ただ、元々の依頼は、この小包を返してもらうというのが本当の依頼であった。小包を出したはいいが、これを彼に渡すには時期尚早だという意識に駆られたのだろう。自分から返してもらいにいくのはトラブルになりかねないと思ったのか、そこは法律に詳しい探偵に依頼するのが一番だと思ったのだ。
ということは、彼もまさか新宮氏が殺されているなどということは夢にも思っていなかったことだろう、
小包は実際には児玉氏の手で作られたものではなく、児玉氏が作成依頼をしたCD会社の方で、作品が完成すると、それを新宮氏当てに郵送するという依頼になっていた。
実際にいつ郵送されるかということは、製造会社の方としても、予定としてしか言えなかったので、いつになるか分からないと思っているとこでで起こったのが、今回の殺人事件であった。
まさか、殺人事件になっているなどと思っていなかったのは、児玉氏だけではなく、鎌倉探偵にしても同じだろう。
さて、もしここでこの小包が後で届けば自分も疑いの対象になると思った児玉氏は、せっかく依頼したのだから、鎌倉探偵に自分に容疑が向かないようにと今度の事件の真相仇英を依頼したというわけだった。
費用に関しては、実はこのCDを販売してくれるという会社があり、そこから費用が入るのが分かっていたので、それで十分充てることができるのだ。とにかく、ここで自分が容疑者の一人にでもなれば、契約もどうなるか分からない。それを思えば、鎌倉探偵に依頼して、精神的に楽になっておくことが必要だった。
児玉氏は正直、新宮氏のことはあまり知らなかった。
彼との間で、
「最適な演奏時間をお互いに割り出して、それを作曲しあって、お互いに交換して聞いてみて、意見を言い合おう」
という話がついていた。
それが、鎌倉探偵が知っている二人の間の話だった。
もちろん、二人が知り合った時のことについても聴いていたが、そんなことは今回のことに何ら関係のあることではない。あくまでも音楽CDをいかに返してもらうか、そして自分に容疑がかからないように、鎌倉探偵に保身を頼むしかなかったのだ。
これが鎌倉探偵がこの事件に首を突っ込むようになった理由であり、当然に守秘義務が存在するのも分かっていただけることであろう。
実際には児玉氏がこの事件の表に出てくることは今のところないが、そこで繋がってくるか分からない。それを阻止したいと思うのは、児玉氏でなくとも誰もが考えることだろう。
しかも、児玉氏には今までの人生を変えるチャンスであると思われた人生の分岐点を迎えていた。それを考えれば、鎌倉探偵への依頼も納得がいくものだろう。ただ、それを警察が聞くと、どう思うかということだが、何とか警察に知られないようにするだけであった。
児玉氏は、自分の作品を過小評価し、自分を卑屈な状態に追い込苦ことで、自分の正当性なるものをまわりに示そうとする性格だった。だから、確実性のないようなことは、ことごとく否定し、
「俺には才能なんかないんだ」
と思うことで、もし何かしらの結果が出たら、それを素直に喜べばいいというような考えだった。
そのせいもあってか、自分の作品を作ってみては、コンテストやプロモーションの担当の人に送ってみたりしていた。
以前コンクールに応募した時、少しだけ注目されたということで、担当の人から連絡があり、
「作品ができれば、どんどん送ってくれるといいよ」
と言ってもらっていたのを、そのまま真に受けて、ずっと送り続けていたのだ。
さすがに担当者もウンザリはしていたが、自分で言った手前撤回もできず。たまに忘れた頃にデモを聴いてみるくらいだったが、今回の作品には何か感じるものがあり、さっそく会議に提出すると、とんとん拍子にCD化になったという運びであった。