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錯視の盲点

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 そのことにいち早く気付いて、そのあたりから捜査を行っていたのは、他ならぬ鎌倉探偵であった。彼は自分の考えを警察には伏せて、自分独自の捜査を行っていた。むろんそれは鎌倉探偵にはれっきとした依頼者があり、少なくともその依頼者の利益を守らなければいけないというのは、前述で何度もしてきしている「守秘義務」があるからだった。
 鎌倉探偵がまず最初にやったこととしては、管理人に遭うことだった。管理人がこの事件で何らかの影響を持っていることは明白な気がしたからだ。その内容を細かく記すということはあまり意味がないように思えるが、一つ言えることは、殺された被害者の隣に住んでいる女性が犬を飼っていることを知っているのではないかということを指摘した時、管理人は明らかに動揺した。
 正直、管理人は自分が犬を飼っている住人に対して寛容であり、またイヌたちの味方であることは、すでにマンションでは公然の秘密になっていることを知っていたはずだからである。
 このことは鎌倉探偵が自分でその隣の女性に直接聞いて仕入れた内容だった。
 警察が事情聴取した時は、あくまでもお隣の被害者との関係から見た関係であり、鎌倉探偵は、最初から被害者のことはそっちのけで管理人の話だけをしたのだから、当然、彼女の目は管理人だけを見ることになる。
 彼女としては、管理人を嫌いではない。むしろ寛容な人として好感すら持っていたのだ。少なくとも他のマンションの管理人のような融通の利かない人ではない。ペットを容認してくれたことで、嬉しいと思っていることから、被害者と切り離したところでの管理人への話になると、饒舌になり、本心が出るのも当然であった。
 本心とともに、少々のことであっても話をしてくれる。ひょっとすると管理人としては知られたくないと思っていることであっても、そこは探偵として、さりげなく相手か供述を引き出すという意味でのテクニックを持った海千山千の探偵にはなかなか通用しないだろう。
 彼女は鎌倉探偵の欲しがっている情報をもれなく提供してくれた。
 ただ、断っておくが、彼女は別に管理人の不利な話を口にしたわけではない。彼女としてみれば、どうでもいいような世間話に当たるような話を口にしただけだった。
「仮人さんは、本当に優しくていい人なのよ」
 と、最後に彼女に言わしめたそのことに関しては、まったくウソ偽りのない彼女の本心だったに違いない。
 そしてまた、管理人としても、住人に対して、遜色なく、ほとんどの人にそのように接してきたことだろう。そんな管理人だからこそ、どこかに隙があったのかも知れない。この事件を別の側面から見るとすれば、そのことを分かっていなければ、事件をまともには見ることができないような気がする。
 まともに目の前に現れたことだけを真正面から見るだけでは、決して解決することのできない側面。ミスリードさせられるその道は、決して誰かがわざと敷いていたわけではないだろう。
 殺害現場に残された不可解な現状、それは最初から計画されていたということを考えて、さぞやこの事件の犯人を極悪非道な者による仕業だと思わせ、下手をすれば、猟奇殺人ではないかと思わせることで、一種の捜査のかく乱を企んでいると思わせるのも、本当に犯人による最初からの工作だったのか、そのあたりが鎌倉探偵にもいまだに分かっていないところであった。
 ただ、彼には別に依頼人がいることで、警察とは違った視点からの捜査ができることは有利だったに違いない。
 鎌倉探偵は、その足で管理人とも話をした。そこで管理人にイヌについて少しだけ訊ねてみたが、管理人はのらりくらりとはぐらかすだけで、決して話の中核に入ろうとはしなかった。
 ただ、彼と話をしていて感じたのは、
「この人はあまりウソが上手ではないな」
 という思いであった。
 ウソをつくのが得意な人はあまり表情を変えない。それを無意識にできる人なのだろうが、この男は無表情であることがウソをつきとおすことのできる手段だということは分かっている。分かっていてわざと無表情を装うものだから、余計に無表情になろうとする意志を感じることができ、そこに言葉と表情の矛盾が生じるのだった。
 そこが、彼の、
「ウソをつくのが下手だ」
 と思わせるところであり、鎌倉探偵の想像通りの男であることが分かったのだ。
 そして、最後に鎌倉探偵は意外なことを言い出した。
「あ、そうだ。そういえば被害者の死後、児玉恭介という人物から、被害者の新宮氏に対して小包のようなものが届いていませんか?」
 と言われて、管理人は一瞬考えたが、
「そうそう、確か届いていましたね」
 と言って、奥の部屋に取りにいった。
 この行動は別に過去そうかとどうしようかという意識があって、返事が遅れたわけではなさそうだ。本当に忘れていたに違いない。
「これですね」
 と、言って、小包としては少々小さなものを持ってきてくれた。
「これは私がお預かりしてもいいですか? 実は本人から、もし被害者のところに届いていればもらってきてほしいと頼まれたもので」
 と言って、児玉氏本人の書いたと思われる依頼書に印鑑が押されていた紙を提示され、管理人はそれと引き換えに、鎌倉探偵に渡した。
 管理人も、鎌倉探偵が尋ねてくるかも知れないということは、警察の門倉刑事より聞いていたので、
――警察が直々にいうのだから、信用してもいいだろう――
 ということで、鎌倉探偵に郵送されてきた小包を渡した。
 その小包は別に開けられた気配はなかった。そもそも管理人にとって、何ら損も得もない、まったくゆかりのないものなので、それは当然ことであろう。
「ありがとうございます。では頂いてまいります」
 と言って一礼し、鎌倉探偵は被害者の住まいであるマンションを後にした。
 別に改まって新しい情報が得られたわけではなかった。門倉刑事から聞いた話の裏付けを自分で確かめに行ったという程度だったが、鎌倉探偵はそれだけで満足だった。
「この事件の概要は大体分かっている」
 という意識があり、その部分を組み立てていって、どこかに矛盾が存在すれば、もう一度壊して、再度組み立てるというのが、鎌倉探偵のやり方だ。
 自分のやり方を門倉刑事と話をした時、門倉刑事に聴かれたことがあった。
「どうして、せっかく組み立てたものを、崩してしまうんですか? 矛盾があればそこをどう埋めるかを考えればいいだけじゃないんですか?」
 と聞いたが、
作品名:錯視の盲点 作家名:森本晃次