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錯視の盲点

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 門倉刑事の言う通り、確かにこんな情報は存在した。しかし、筆者としては、さほど大きな情報ではないと思ったので、読者に披露しなかったが、その問題を鎌倉探偵がいちいちここで出すということは、彼なりに何か必要があると思ったからであろうか?
「そうですね、取り立てて問題にする場面ではないかも知れませんね。ただ状況としてはそういうことがあったということも頭の隅に置いておく必要があるかも知れ褪せんね」
 と鎌倉探偵は言った。
「すみません、話の腰を折ってしまって」
 と鎌倉探偵にそう促されて、門倉刑事は話を続けた。
「部屋の中に二人で入ると、部屋の奥で、奇妙な姿をして殺されている被害者を発見したということなんです。被害者は逆さまに吊るされていて、胸にはナイフが突き刺さっていた。そしてあまりにも奇怪な状況であり、しかも、顔が恐ろしく歪んでいたのを見ると、一刻もその顔を凝視することができなくなって、その場に立ちすくんだとのこと。二人は金縛りに遭ったかのようにしばし動けなかったそうなんですが、ほぼ同時に金縛りが解けて、警察に連絡し、中にはとてもいられないということだったので、扉を閉めて、カギはかけずにですね。そのまま警察が来るのを待っていたというんです」
 というのを聴いて、鎌倉探偵は少し腕組みをした。
 彼がこのような雰囲気になる時というのは、実は困っている時では会い、自分に中で会う程度結論めいたものが見えていて、あと少しで繋がるという時にそのあやを結び付けようと考えている時である。
 そんな時は余計な声を掛けることなく、彼の様子をじっと見ていることが賢明だとうことを分かっているので、門倉刑事は余計なことを言わず、黙って見ていた。
 すると、鎌倉探偵は口を開き、
「僕はその時の死体発見状態を聴いた時、何か違和感のようなものがあったんだけど、それを今思い起こしてみたんですよ。一瞬感じた違和感だったので、どんな内容だったのか、その時の一瞬を思い出すことがなかなかできずに困っていたんですが、今聞いて分かりました。まず一つはですね。その時どうして発見者二人が二人とも、その場の様子に恐怖や気持ち悪さを強く感じたかということです。二人が二人とも確かに死体を見るのは初めてなんでしょうが、もう一人一緒にいるのだから、そこまで恐れることもないと思うんですよ。そこで感じたのが、血の量だったんですよ。話で聴いた時は、真っ赤な鮮血が放射状にまわりに飛び散っていたというじゃないですか。真っ赤な鮮血ですよね?」
 と言われて、
「ええ、そうですね。確かに我々捜査員が最初に到着した時も、印象としては、真っ赤な血がすごい量飛び散っていたということを聞きました」
「死亡推定時刻は?」
「朝方だったと言います」
「かなりの時間が経っているわけですよね?」
 とここまで聞くと、門倉刑事にも鎌倉探偵の言いたいことが分かった気がした。
「あっ、そういうことですね。胸に突き刺さっていたナイフが致命傷ではなく、首を絞められた跡もあったので、それが致命傷ではなかったかということでしょうか?」
「かも知れません。でも、逆さにつられていたわけでしょう? 長時間であれば、それだけでも死に至る場合もありますよ」
  と、鎌倉探偵にいわれたが、
「じゃあ、何のためにそんなことをしたんでしょうね。わざわざ逆さづりにしたり、その後でナイフで刺したりですね」
「それは今のところまだよく分かりませんが、この事件には何かもう一つ奥にあるような気がするんです。一つの出来ごとにだけ目を奪われていると、実際に見なければいけないことを見逃してしまいそうな気がするんですよ」
 と鎌倉探偵は言った。
「まだ他に違和感があるんですか?」
 と門倉刑事が話を向けると、
「ええ、私が感じているもう一つの違和感というのは、なぜ死体を逆さづりにしなければいけなかったのかということですね。殺してしまうことが目的なら、逆さづりにした後死んでしまってから、別におろしておけばいいだけじゃないですか。それをわざわざ逆さづりをそのままにしておく意味がよく分からない」
「身体に縄の跡が残っているから、下手におろすとこの縄の跡はなんだろうってなるからなんじゃないですか? どうせそう思われるのであれば、わざわざ縄をほどいて時間をかけてその場にい続けることはない。犯人というのは、一刻も早くその場から立ち去りたいと思うはずですからね」
 と門倉刑事はそう言った。
 しかし、
――ああ、この一言が実は事件の真相に大いに近づくヒントになったであろうに、ある程度気付いている鎌倉探偵であっても、ここまでは気付いていなかったようだ。この言葉が実は犯人を表しているということに、まだ分かっていなかったのだ――
 だが、それでも鎌倉探偵は、計らずとも事件の核心に自ら近づいていることは確かなようだ。これも鎌倉探偵の探偵としての資質が備わっている証拠なのかも知れない。
「確かにその通りなんだよ。だから、被害者が逆さづりにされた時間というのはいまいち分からないけどそこからだいぶ時間が経ってから、ナイフで刺された。このナイフがどういう意味を持つのかというのも問題だと思うんだよね」
「そうですよね。まるでとどめを刺したような感じなのに、念には念を入れたというかんじなんでしょうかね?」
 この言葉もある程度核心をついていたのだが、鎌倉探偵のように、ある程度事件の核心近くにいるということを自覚している人は、他の人が何の気なしに与えたヒントを見逃しがちなのではないだろうか。実際に近くにいすぎて見えないものがあるとすれば、それはまさに罪なのかも知れない。だが、この場合は仕方がない。鎌倉探偵は事件の核心に近づいていながら、致命的な勘違いをしていたのだ。それがこの違和感を生み、さらに違和感が彼を堂々巡りさせることになるというのは、実に皮肉なことであった。
 それはきっと警察も知らない鎌倉探偵だけが持っている情報に偏りでもあるのか、それともある程度近づいているのに、持っている情報が中途半端すぎるのか、鎌倉探偵はこれまでにない迷走を繰り返していた。
「交わることのない平行線」
 それは、きっと堂々巡りを繰り返させるのであろう。
 これまでの探偵としての仕事で同じことを感じたことがあったはずなのに、それを思い出せない。
――あれはいつのどの事件だったっけ?
 という程度のことが頭の中にあるだけだ。
 いつもいつもカミソリのような切れで事件を解決に導いてきた鎌倉探偵の頭も、堂々巡りを繰り返し始めると、まったく機能しなくなるのかも知れない。
 そんなことを考えていると、門倉刑事の方がひょっとすると現実的な意味で、事件の核心に近づいているのかも知れない。
 ただ、それでも二人が事件を解明するうえで切っても切り離せない関係にあることは確かで、お互いにお互いの足りないところを補うというのは、最初からのことであったのだろう。
「そういえば、捜査の中で、隣の住人が犬を飼っているということが分かったんですってね」
 と鎌倉探偵が言った。
作品名:錯視の盲点 作家名:森本晃次