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短編集94(過去作品)

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 どちらにしても里美を見る達男の目は、紛れもなく男性としてのまなざしであった。里美はそのことに気付いていないようだ。中学生になっても、高校に入学しても、まだ兄と慕っている達男の後ろをじっとついてきていた。
「お兄ちゃんに恋人ができて結婚するまで、私はずっとお兄ちゃんと一緒にいるわね」
 と言った時の屈託のない笑顔に複雑な心境だった。
「お前がついてきたら、お兄ちゃん、それこそ結婚なんてできないよ」
「じゃあ、私がお嫁さんになってあげる」
 平気な顔で言われると、それ以上言い返すことができない。
 まるで小学生の会話である。達男は恥ずかしくて顔から火が出るほどであったが、あどけない表情を示す里美の顔を見ていたら、次第に恥ずかしさが消えてくるから不思議だった。
――それにしても里美は、こんなセリフを恥ずかしくもなく、よく言えるよな――
 と感じる達男だったが、元々達男と話している時以外は、人見知りが激しく、表ではあまり友達もいない里美の性格をあまり知らなかった。
 里美は元々が二重人格的なところがあった。それは母親が再婚する前からで、よほど気が合った人でないと話をすることもなかった。離婚してしばらくは無口になり、母親と話をすることもなかった。人間的に打ち解けて話すことができるのは生まれてから今までで達男が一番だった。
 兄妹がほしいと思っていたのは達男だけではない。里美も兄がほしいと思っていた。皮肉にも再婚という形で持つことができた兄。母親の再婚に反対だった里美の気持ちは兄を持つことで賛成にまわっていた。しかも兄になったのが達男である。里美にしてみれば達男はまさに、
――白馬に乗った王子様――
 だったに違いない。
 夢に何度見たことだろう。顔までは分からなかったが、馬上から見下ろし微笑んでいる姿、手を伸ばすと抱きかかえてくれて馬の後ろに乗せてくれる。乗ったことのない馬のはずなのに、違和感がある。ムズムズするお尻の感覚はまさに本物だった。
 それ以上夢の内容は覚えていないが、里美にとって幸せな夢だった。母が再婚し、達男という兄の存在が現実のものとなってからも、白馬に乗った王子様の夢は見続けていた。てっきり現実になれば夢は見なくなるだろうと感じていたが、まだ見続けていることは子供心にも不思議だった。
 達男に彼女ができたのは、大学二年生の頃だった。それまでは里美の存在が気になるせいか、彼女を作ろうと思わなかったのだが、できてしまうと、今までいなかった自分が不思議なくらいだった。里美も高校受験に忙しい時期で、少し距離を置いてあげようと考えていた時期だったのが幸いしたのかも知れない。
 できた彼女は達男の方からの気持ちというよりも、相手の気持ちの方が強かったようだ。
 彼女は積極的で、デートの日の計画は自分で立てたがる方である。主導権はいつも彼女の方にあり、それにただ従っているだけだったが、達男はそのことをあまり意識していない。
 他の男だったら、
――男としてのプライドが許さない――
 ということになるのだろうが、達男にはそんなものはなかった。主導権はどっちであれ、一緒にいるだけで楽しいと思っていたからだ。デートしている時は絶えず達男を立ててくれるのでプライドがあったとしても、守られていることを感じるので、別に意地を張ることもないだろう。達男は自分の性格を、
――柔軟な性格――
 だと思うようになっていたが、違うだろうか?
 彼女との付き合いは三ヶ月くらいのものだった。明らかに短い。それは達男には身に沁みて分かっていた。
 三ヶ月という言葉を単純に受け止めれば間違いなく短い。しかし、実際に付き合っていた期間は、たったの三ヶ月だったようには思えない。せめて半年は一緒にいたように感じるが、それはきっとずっと一緒にいた時間が長かったからだろう。実際に長くなくとも、絶えず一緒にいようと思っていた長さは、三ヶ月という実際の期間では言い表せるものではないはずだ。
 一緒にいる時の心地よさが永遠に続くのではないかと思っていたからだ。一緒にいて感じる暖かさ、それはまさしく恋人同士だから感じることであり、発展性こそあって、後退することなど考えられなかった。
 達男のどこに彼女が離れていく理由があったというのだろう。もちろん自分だけで考えていて分かるはずもない。離れていった彼女に聞くが、ハッキリとは教えてくれない。聞こうとすると、
「自分で考えてね。私には何もいえないわ」
 としか答えてくれない。ハッキリした理由も告げられず、別れることになったのは理不尽には違いなかったが、よく考えれば、彼女自身にもハッキリとした理由が分からないのかも知れない。だから聞こうとしても煩わしそうに断られるのだろう。
 大学三年生になってから彼女ができた。今度も相手が気に入ってくれたようで、知り合った時の達男の印象は、かなりいいものなのだろう。
「そうね、優しそうで、気を遣ってくれているというのが分かるもの」
 と知り合ってしばらくして第一印象について聞いた時に、そう答えてくれた。
 気を遣っているという言葉が嬉しかった。意識しているわけではない。無意識でも気を遣っているように思われるのは嬉しいものだ。人に気を遣うことが大の苦手だと思っていただけに、それからの自分自身への見方が変わってくるに違いない。
 元々人に気を遣うのはあまり好きではない。レストランなどのレジで、
「今日は私が払いますわ」
「いえいえ、私に任せてください」
 などという会話をよく目にするが、相手に対して気を遣っていると当事者が感じていることが許せないのだ。自分たちはそれでいいのだろうが、まわりで待たされている者は溜まったものではない。見苦しいの一言だ。
 彼女も達男の考え方に共感してくれることが多かった。特にレジでの見苦しいと思っている光景、嫌悪を感じていたのは達男だけではなかった。
「あんなおばさんたちにはなりたくないわね」
 レジを横目で見ながら達男に意見を求めている彼女だったが、達男も同じ意識で見ているが心境は複雑だった。自分が感じるのと人から指摘されるのでは心境が違うからだ。
――確かに見苦しいが、そのことを口に出して人に意見を求めるのは、いかがなものか――
 彼女に対して少し疑問を感じ始めていた。気を遣うという言葉があまり好きではなかったのに嬉しいとどうして自分が感じたのか、いろいろ分からない時期でもあった。ぎくしゃくし始めていたのかも知れない。
 それでも別れを切り出されると、まさに青天の霹靂、ショックが大きく、それまでに感じていたことが真っ白になって頭の中で何も考えられなくなる。身体でしか感じられないので、本能だけが残った抜け殻のようになってしまうかも知れない。それは一時期のことだろうが、本人が意識していないのは皮肉なことだった。
――どうしていつもこうなんだろう――
 好きでいたことさえ、本当にそうなのか分からない。好きでいたはずの時期が遠い過去に追いやられ、気がつけば一人だった。
 彼女はいらないと思った時期があった。意識が妹に行っていたからだろうか。それとも、あまりにも彼女というものを欲しがったためなのか分からないが、どちらもあったように思う。
作品名:短編集94(過去作品) 作家名:森本晃次