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短編集94(過去作品)

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 だが今人に悟られないように書いている小説は、トラブルさえもネタにしてしまえるほど、発想がいろいろ浮かんでくる。旅行に出るというのも発想を豊かにするために必要だと感じたからで、ストレス解消と一石二鳥、きっとゆっくりしたい時間帯と、発想を豊かにするために感性を豊かにしようと、五感を研ぎ澄ませている時間帯の両方が存在するに違いない。
 電車での移動で、序実に表れていた。遠くの山を見ながら何も考えていないように見えて、その実じっと視線を逸らすことなく、いろいろな発想を思い浮かべている時間を作ってみたり、集中力を休めるために、襲ってくる睡魔に逆らうことなく、しばらく眠っていたりと、有意義な時間を過ごせたおかげで、列車に乗った二時間の旅はあっという間に終わっていた。
 二時間の間に何回眠ってしまっただろう。二度や三度はうたた寝していたように思う。普通であれば浅い眠りで夢を見るなどあまりなかったことだが、一回の眠りが数十分だったにもかかわらず、夢の内容はまるで一晩掛かって見たような内容だった。想像がさらなる想像を呼んだような気持ちだ。
 そういえば夢について本で読んだことがある。
 夢と言うのは潜在意識が見せるものだということを知っている人は結構いるだろうが、どんなに長い夢だと感じても、実際は目が覚める前に見る数秒の出来事だと書いてあった。そう考えても数秒で見たようには思えない。しかし、目が覚めてくるにしたがって、見た夢の長さを考えていると、次第に薄っぺらいものに感じられてくることもある。そんな時、本のことを思い出すのだった。
 電車の中で見た夢は、短いと感じられる夢ではなかった。何度も睡魔に襲われて夢を見ていた。それはどうも夢が続いていたように思えてならない。
 いくら短い間に夢を何度も見たとしても、さっきまで見ていた夢の続きを見るなど今までには考えられなかった。一度完全に目が覚めているにもかかわらず、夢の続きを見るということは、
――目が覚めたという夢を見たのかも知れない――
 そう考えれば、すべての辻褄が合う。
――覚めたつもりの意識は、実はまだ夢の中だった――
 というのも面白い話で、今までにも同じような思いをしたことがあったような気がする。
 きっと学生時代に旅行した時だったように思ったが、感覚的にはまるで昨日のことのようだ。
――旅行に出る時の感覚は、それまでの生活を飛び越えることができるのかも知れないな――
 切り替えがうまいと言ってしまえばそれまでだが、もう一度学生時代に旅行した時の新鮮な気分になれるのはありがたかった。旅行の醍醐味の一部を垣間見たような気がしてそれだけでも嬉しい。
 駅に着いて、武家屋敷までの道のりをゆっくり歩いていると、さすがに観光地化されていないだけに、普通の田舎道と変わりない。
 中山はそれほど田舎道を知っているわけではないが、遠くに見える山を見つめながら歩く感覚は、どこだったか覚えていないが、学生時代に旅行で訪れた場所に似ていた。
 学生時代の後半になるにつれて、ガイドブックに載っていないようなところを探して、そこを訪れるのが趣味になっていた。
――温泉があれば、それでいいんだ――
 とさえ思っていたほどで、温泉があるところには、それなりに情緒があり、観光地化されたところにはない自然の息吹を感じることができると思っていた。
 その思いは間違いではなかった。
 観光地化されているところは、区画整理もされていて、それぞれの個性を出そうと必死なのだろうが、どうしても人が考えること、どこかに共通点があり、得てして旅行者は共通点をすぐに見破るものである。
 大学に入学したての頃で、まだあまり旅行に行っていなかった頃ならば、個性を甘んじて受け止めるだけの気持ちはあったのだが、旅行にも慣れてくると、それだけでは我慢できなくなる。旅の醍醐味を味わいたくなるのだ。
 駅前のメインストリートと呼ばれるアーケードを抜けると、まさしく田舎道、少し入ったところに武家屋敷があるという。駅前の看板に地図があったが、武家屋敷以外には、この街の観光地はない。
 ただ温泉は出るようで、武家屋敷の近くにある温泉宿が建物のイラストを武家屋敷同様、地図に浮かび上がらせていた。
 入り組んだ地形になっていて、近くにある丘の上に、以前は小さな城があったことを地図は示していた。
「武家屋敷や城下町って道が入り組んでいるだろう。それは敵から攻められにくくしているためなんだ」
 と友達から聞いたが、
――当たり前のことだよな――
 と感心させられた。だが、中には綺麗に区画されたところもあって、本当はどちらなのかと考えた時期もあった。
 ここの城下町は、お世辞にも大きなところではない。
――こんなところで文化が発展したのだろうか――
 とも感じられたが、駅の看板には、人形芸術の里と書かれていた。
 武家屋敷の近くには町人の街があったようで、そこには昔からの人形芸術に携わっている人がひっそりと今も活動を続けているらしい。武家と町人の融合がうまく行っていた街だったに違いない。
 武家屋敷に足を踏み入れると、ひっそりとしている雰囲気を感じた。
――まさしく想像していたとおり――
 あまりにもそっくりなので、気持ち悪いくらいだ。本当に初めて見る景色なのかと疑いたくなってしまい、その気持ちがどんどん大きくなってくる。
 町人の街は、自分の住んでいるところにも横丁のように残っているので、雰囲気は分かるのだが、武家屋敷のような大きな門構えはあまり見たことがない。
 必要以上に大きな通りに風が吹きぬける。舗装もされていないので、砂埃となって舞っているが、まるで西部劇のゴーストタウンのようだ。
 しばらく見ていると、暗くなってくるのを感じた。空を見上げるが雲が立ち込めてきているわけではない。夕日が沈んだ後に訪れる夜の帳のようである。
 小さい頃に行ったお化け屋敷を思い出した。見世物小屋になっているお化け屋敷は、最初明るいところで客を驚かそうとしていた。臆病な中山はそれだけでも十分怖くなっていたが、途中からまったく明かりのない世界になってしまった。一歩足を踏み出そうとしても、踏み出した先に何があるか分からないという思いで、一歩を踏み出すことができない。
――何もないかも知れない――
 谷底に真っ逆さまという思いも強い。足の震えは止まらず、額からは脂汗が滲む。最初に感じた顔が火照ってくるような暑さも次第に感覚がなくなってくる。夢の中を彷徨っているかのようだった。
――夢というのは目が覚める寸前に見るものだ――
 という言葉を聞いた時、最初に思い出したのがお化け屋敷での暗闇だった。暗闇がこれほど恐ろしいものだとは思っていなかった。高いところが怖いのは分かっていたが、暗いところほど得体の知れない恐ろしさはない。「閉所恐怖症」、「高所恐怖症」に並ぶ三大恐怖症の一つが「暗所」であることを身に沁みた瞬間だった。
 その時ほどの恐ろしさはないが、急激に暗くなる不自然さに言い知れぬ恐怖を感じるのも仕方のないことである。
――そういえば、この武家屋敷は、あの時のお化け屋敷を彷彿させるな――
 と感じた。
作品名:短編集94(過去作品) 作家名:森本晃次