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短編集94(過去作品)

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 学生時代には歴史が好きで城下町や武家屋敷などによく訪れたものだ。観光地化されてしまっているところが多かったが、楽しければよかった学生時代にそんなことは関係なかった。知り合いがたくさんできるような気がして、その方が嬉しかったものだ。だが社会時になって訪れるところは、
――あまり人の行かないような静かなところがいいな――
 と思うようになっていた。
 日曜日の朝など、以前はテレビを見ることのなかった時間帯である。友達と待ち合わせて遊びに行く方が多かっただろう。彼女がいた時期など、それこそ日曜日は朝からソワソワしていた。テレビがついていても、気持ちここにあらずで、視線からは感情が伝わってくることはなかった。
 仕事で疲れていると日曜日はゆっくりとしていたいものだ。日曜日の朝からゆっくりしたいなどという気分に自分がなってしまうなど、学生時代からは考えられなかった。
「僕は貧乏性だからね、社会人になっても、積極的に旅行とか出かけると思うよ」
 と卒業間際に話していた中山だったが、それを聞いていた友達も、
「お前ならそうだろうな」
 と言っていたものだ。
 しかし、実際は思ったより疲れが残っているもので、最初はどうしてか分からなかった。それが気の遣いすぎだと気付いたのはしばらくしてからで、
――融通が利かないんだろうな――
 と思うようになった。それがストレスというものである。
 日曜日の朝、布団に入ったままテレビのスイッチを入れるのが日課になっていたが、起きる時間は午前八時前、目覚ましも掛けていないのによく起きれるものだと思うが、それも普段から気を張っている証拠かも知れない。
 日曜日の朝の番組が、地元観光地の宣伝が多いということは知っていたが、
――地元では旅行気分にもなれないや――
 という思いが強く、以前は見る気もしなかった。しかし本当の理由はそれだけではなかった。
 中山は内輪で固まることを極端に嫌う性質である。高校から大学に進学した時、それを感じた。高校までは地元の人が集まるのを当たり前のように感じていて、その世界をすべてのように思っていた人が多かったに違いない。しかし大学に入ると全国から試験を受けて集まってくる人がいるのだ。最初から地元の大学を目指していた中山が努力の甲斐あってか見事に入学したのだが、同じ高校からの連中も数人いた。入学式の時に、そんな連中が固まって楽しそうにしているのを見ていると不思議な気分に陥った。
 今まで広く感じていた友達の輪が実に狭く感じられたのだ。確かに全国から集まってくる連中の中では小さな集まりには違いないのだが、その中でも知っている連中だけに、ひときわ明るく感じられる。
 しかし、その輪をじっと見つめているうちに、明るさが虚しいものに感じられてくる。
――そうだ、まるで消えかかっている蛍光灯が一瞬明るくなった時のようだ――
 と感じた時に、その輪がとてつもなく狭いものに感じられたのだった。
 内輪で固まることは悪いことではないのだろうが、中に入ってしまうと消えてしまうまで、表が見えない恐ろしさに気付かない気がした。車窓からの風景でもそうではないか、明るいところから暗いところを見ると、光の反射でガラスの向こうが見えなくなってしまう。それを思い出していた。
 今ではそんなこともない内輪で固まっていても、それほど狭く感じることもなくなっている。
――気持ちが大きくなったのかな――
 学生時代にいろいろな考え方の人と話ができたのが、気持ちにゆとりを与えたのだろう。何事も素直に受け止める気持ちがないと、なかなか自分の考えを表に出すことができないことが、学生時代の財産だった。
 日曜日の朝、テレビを見るのもゆとりの気持ちを思い出したいからだ。社会人になって最初に感じたのは、自分が一年生であるということへの自覚の難しさだった。言葉で言うほど簡単ではない。だが、自覚してしまえば、あとは難しいことではなかった。
 個性的な性格と、素直になりかかっている性格、その時々で性格が違うのではないかと悩んだこともあったが、結局どちらも自分に違いないという結論にしか至らない。それでいいのかも知れないと思う中山だった。
 日曜日の朝の番組を見ていて、
――行ってみたいな――
 と思うところも多い。実際に昼から出かけていった観光スポットもあり、意外と手近でも旅行気分になれるものだと感心していた。
 中山の住んでいる街のまわりには観光スポットが多く、歴史を感じさせるところが数多く残っている。武家屋敷というよりも歴史はもっと古く、古代に近いものだった。城があったとされるところや、政庁跡が残っていたりと、実際の観光コースとしては物足らない。本当に好きな人で歴史を知っている人でないと興味もないだろう。中山にとって、華やかさはないが、その分重みのようなものを感じるところが好きだった。
 武家屋敷は華やかさを感じさせるが、テレビで見る限りではどこか重たいものを感じさせられた。観光スポットとして紹介しているのだから、それなりに明るさを強調しているであろうに、どうして重々しさを感じさせられるのか不思議だった。
――武家屋敷って、こんなイメージなのかな――
 実際にこの目で確かめてみたくなった。ブラウン管に視線が釘付けになっていることに気付くことはあまりないのだが、その時は自分の視線が真剣にブラウン管を見つめていることに気付いていた。しかも最初からである。予感めいたものがあったに違いない。
 場所は友達から大体の話は聞いていた。電車に乗って約二時間、旅行というほどの距離ではないが、一日は完全に潰れるはずである。いわゆる日帰り旅行というやつだ。
 テレビを見た後の次の休みは土曜日だった。通勤とは違う方向への列車の旅、まるで子供の頃に戻ったような気持ちの高まりがあったのも事実である。目覚ましをかけているわけでもないのに、仕事に行く時よりも早く目が覚めた。しかも目覚めは最高によかったのだ。
 どちらかというと目覚めは悪い方ではないだろう。目を覚まして最初の五分くらいはさすがにボーッとしているが、それ以降はすっきりと目が覚める。目覚めが最高という時は、その五分が一分だったり二分だったりする。そんなことは今までに珍しく、特に社会人になってからは皆無に近かった。
 時計を見れば午前六時半、平日と変わりない目覚めの時間である。顔を洗ってすっきりするまでは、まるでそのまま出勤するような気分であった。
――そうか、今日は出勤じゃなかったんだ――
 と思うと、思わず苦笑いをしてしまう。
 その日は少し寒かった。先日から降った雨で少し寒くなるようなことを天気予報で聞いていたが、本当に冷え込んでいる。
 だが、本当は今朝の寒さが本当なのだ。最近までの暖かさがおかしかったのであって、秋も深まってきたのに、気温が異常に高かった。
――やっと寒くなってきたか――
 着替えながらそう感じたが、表に出ると、さらに寒さを感じる。まだ表は薄暗く、地面は濡れていて、少し霧が掛かっているようだった。雨上がりであることを示している。
作品名:短編集94(過去作品) 作家名:森本晃次