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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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メイドロボットターカス

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第44話 虚ろなターカス






私が部屋に入ろうとした時、まず扉の隙間から、お嬢様のお顔がちらと見えた。そしてその顔がとても悲しげで、どこか怒っているようにも見えて、動揺し掛けた時、お嬢様はこう叫んだのだった。

「あなたはターカスじゃない!別人よ!」

私は、突然の事に何がなんだか分からず、でもその場を収めなければいけないので、まずはお嬢様に駆け寄った。

「お嬢様、一体どうしたのでございますか」

私が近寄っても、お嬢様はこちらを向いてくれない。お嬢様はターカスを睨みつけていた。でも、お返事はして下さった。

「知らないわ!でもこの人はターカスなんかじゃないわ!そんなはずない!」

お嬢様はもう全く冷静で居られず、虫が収まらないでお怒りになっている。そんなご様子は初めて見た。とにかく私はお嬢様の肩を抱えて、さすろうとする。でも、そうすると、お嬢様は私の両手を強く払いのけたのだ。そしてお嬢様は、私を見て怒鳴る。

「マリセル!この人をどこかへやってしまってちょうだい!」

「ええっ!?」

“一体どうしたんだ!?”

私は、ますます何がなんだか分からなかった。だから、やっとターカスへ意識を向け、彼がどんな様子なのか確かめようとした。

ターカスを見てみると、彼はじっと私達を見ていて、どうやらお嬢様のお怒りに驚いているようではあったけど、慌てていたり、悲しんでいたりする訳でもないようだった。それもおかしいと思った。

「ターカス?一体何があったのですか?お嬢様に何かしたのですか?」

ターカスの返事を待つ間もなく、お嬢様がこう叫ぶ。

「いいえ!いいえ!何もしていないわ!何もよ!わたくしになんにもしないターカスなんて、ターカスじゃないわ!」

“なんにも?ターカスはお嬢様のお世話をしていたのでは?”

私はお嬢様の方を向き、立ち上がったお嬢様の肩を押して、落ち着かせるため、歩行器に座らせた。

「お嬢様、そんな事はございません。ターカスはずっと貴方のお世話をさせて頂いておりました。“なんにもしていない”とおっしゃるのは、一体どういった意味なのでございますか?」

私がそう聞くと、お嬢様は急に下を向いて、黙り込んでしまった。

「お嬢様…」

お嬢様は俯いて両目を悲しそうに見開き、唇をわななかせている。

私は、ヘラお嬢様が悲しんでいると分かり、お嬢様の肩を今度こそさすった。そうすると、お嬢様は私の片腕に寄りかかり、髪を斜めに垂れさせて俯いて、苦しそうに瞼を閉じる。そこから、大粒の涙がぽろぽろっと落ちた。

私がポケットからハンケチを取り出してお嬢様の目頭に当てると、お嬢様はそれを受け取って、わんわん泣く。

「こんな…こんな事があるはずないのよ!…うう…!ターカスは…ターカスは、わたくしの事を忘れてしまったんだわ!きっとそうなんだわ!…だって、わたくしと全然、お話もしてくれないなんて…!うう…!」

泣き声を半ば押し殺しながら、お嬢様はそう言った。私はしっかり事態を飲み込み、お嬢様の頭を撫でて、震える体を抱き締めてから、もう一度ターカスに向き直った。

「ターカス。お嬢様はこう言っています。お話の通りなのですか?」

その時私は、今まで見た事がなかったターカスを見た。

「ええ。その通りです。家のお仕事が終わってからお話を、と思ったまででしたが」

ターカスがそう言った時、お嬢様はゆっくりとターカスを首で振り向いた。

お嬢様は、信じ難い悲しみを見るような顔をしていた。

そしてそのまま、ふらふらとベッドまで自分の足でお歩きになり、「みんな、出て行ってちょうだい」とだけお言いになったのだった。