メイドロボットターカス
第39話 開戦
「よし。お前達には全員、軍曹の地位を与える。前線で班を引っ張ってもらう事になる。それから、兵器ロボットの操作は出来るな?」
これ以上に気まずい気持ちなど、今までなかった。「ええ」と答えた私は、まるで別人ではないかと思った。
“メキシコを守るため…お嬢様をお守りするため…”
右端から順に作戦の指示を出して、ロペス中将は最後に、一番左に立っていた私の前に来た。
「ターカス、お前には、合衆自治区ニューヨークシティにて、爆撃をしてもらう。ここだ」
そう言って中将は仮想ウィンドウの地図をこちらに向ける。
「あちらの住人が避難所へと向かう所を、焼き払って欲しい」
“そんな卑怯な!”
どれほどそう言いたかったか知れない。だが、私はすでに兵士となる事を承服した。今さらゴタゴタと文句など言えないのだ。
「それからもう一つ。13人がもう一度集まってから、合衆自治区の司令部、ホワイトハウスを攻撃する。人民に被害が出て、司令部を破壊すれば、降伏するだろう」
“ああ…私はそれを止めたばかりだと言うのに…”
下を向いていた時、ロペス中将が私のカマーベストをちょっと引っ張り、「これは頂けないな、ターカス。私の服を貸そう」と言った。中将は少しの間、部屋を出た。
私が居る部屋の中には、私と同じ型の兵器がみんな集められていた。彼らはそれぞれ、武器となるロボット操作のためにシステムを起動させたり、地図を仮想ウィンドウで出して、自分の見やすい位置に設定したりしていた。
“彼らは全く不服ではないらしい…違和感を覚えているのは、私だけ…”
私は、不可解な気持ちになった。
自分は、ごく当たり前のメイドロボットとして、戦争に反対したと思っていた。でも、ロペス中将も私の事を「通告に従わない事が出来るロボット」と言っていたし、私はどこか特異なのだろう。
“避難する前の住民を惨殺など…”
私は“今の内に逃げてしまおうか”と考え掛けたが、そうすれば、武力が減り、敗戦となるかもしれない。それでは何にもならない。
“私の気持ちを分かってくれる者は居ない…みんな当たり前に戦争をしようとしている…なぜ私だけ、こんな風に思うのだろう…でも、本当ならこうなるはずなのに…”
その時、また部屋の扉が開いて、中将が戻ってきた。
「ほら、これを着ろ」
そう言って渡されたのは、ヴィンテージ調のコートだった。名前ももう憶えていないが、首からふくらはぎの中程までに生地をストンと落とし、首元だけを留めるタイプだ。
“中将はヴィンテージが好きなのか”
「ありがとうございます」
私は仕方なくカマーベストとスラックスを脱ぎ、コートを羽織った。
「ヘヘ。様になるな、最終兵器よ」
“兵器…私はここでは、兵器としての価値しかない…”
何もかもが私を追い詰める。でも、やるしかないのだ。
「では、全員で移動してもらう。途中、奴さんがお前達を逐一ミサイルで狙うだろうし、爆撃機で狙撃されるだろう。全員避けろ。本部には、私の他に3人の参謀が居る。指定された地に着いたら速やかに報告し、状況が変わっていなければ作戦決行だ。もしこちらに大きな動きがあれば、すぐに呼び戻す。まだないとは思うけどな」
その言葉には、元気よく返事をした者がほとんどだった。私は、いつまでも下を向いていられないと思い、顔を上げる。
「では行け!屋上からの飛行だ!」
まるで虫が地面を蠢くように、人々が地上を逃げ惑っている。私は、その上空200メートル程を飛びながら、地上へ向けて熱線を発射しようとしていた。成功すれば、半径50メートルが灰になる。
“自分はなんて恐ろしい事を!”
そう思って躊躇っていたが、いよいよ覚悟を決め、右手のひらを開き、私はそれを人々に向けた。その時だ。
“なぜそんな事をするの!ターカス!いけないわ!”
お嬢様が耳元でそう言っているような気がした。それで私は一瞬の判断が遅れ、近づいてくるエネルギー体の振動音を聴き逃してしまった。
気が付いた時、私は、動けない体を地上に横たえ、傍で誰かが話しているのを聴いていた。それから、耳元でロペス中将の怒鳴り声がする。
“ターカス!返事をしろ!何がどうなってる!”
私のスケプシ回路はまた停止し、私は真っ暗闇の中で完全に沈黙した。
作品名:メイドロボットターカス 作家名:桐生甘太郎