メイドロボットターカス
わたくしはその日忙しく過ごしており、マリアッチのおさらいなんてできなかった。夕食会でどんなメニューが出されるのかをチェックし、お客様のお席に間違いがないか、お客様が持参なさる持ち物の中で主のサポートが必要なものがどれなのか、どのお客様とどのお客様は絶対に同席させてはいけないのかまで、実際に家を歩き回ってマリセルと話しながら飲み込んでいった。もう!頭がパンクしそうだわ!
「ではお嬢様、お休みになっている暇はありませんが、皆様とのご夕食をお楽しみになってください。お疲れにはなりますが、新しいお客様はとてもエネルギーをくださいます」
「ええ、そうね。がんばるわ」
私は今日はつかまり歩きをする歩行器を使っていて、それは立ってお客様とお話するため。いつもは座っていることが多いから、本当にくたびれるわ。でも夕食会は二時間ほど続くし、その間は座っていられる。それにピアノの椅子にも。
「そろそろ叔母様が先に着くわね」
叔母様はその日いつもの華やかな赤系統のドレスをおやめになって紫にし、わたくしはエネルギッシュなイエローのドレスを着た。社交界の今の流行の色は鮮やかな紫色。最初から子供が流行の服を着るのはよしとされないらしい。「子供は子供らしく」の法的規制や世論が、流行に乗らないことを強制する流れを生んでしまっているのだとマリセルは言っていた。
「叔母様、綺麗ですわ」
「ありがとうヘラ」
わたくしたちは気軽な会釈をして、それからお客様をお出迎えに上がった。
夕食会にいらしたのは37名。途中お名前を忘れてしまいそうになったら、こっそりマリセルが耳打ちしてくれた。わたくしは正面の席に居るけど、一番上座に侯爵様たちを序列ごとに、そしてご欠席の方は除いて伯爵様たちと続いた。男爵様との出会いは私にとてもよい印象を与えた。
「ゴルチエ様、ようこそお越しくださいました」
私がそう言って深々とお辞儀をし、「先日は大変な無礼を申しまして誠に申し訳ございません。本日のご訪問に大変感謝します」と言うと、男爵様は少し慌てたように私に頭を下げてちょっと言葉に迷っていた。それから彼はこう言った。
「いえいえ、ヘラ様のご無事が確かめられて何よりです。今日はお招きに預かりまして、お誕生日を逃したのですから皆様からきっとプレゼント責めでございますよ。誰からお礼をおっしゃるか、せいぜいお困りになるがよろしい」
「ありがとうございます。きっと貴方様を一番にしますわ」
なあんだ。貴族も本当に笑うのね。快活に冗談を言ったロバート・ゴルチエ男爵に、私はすっかり安心してしまった。
少し歓談をして場を盛り上げ、皆様が空腹になった頃合でマリセルを先頭にたくさんの人たちが料理を運んできた。
「まあ!素晴らしいわね!」
「おお、おお、これは有難い」
その場に並んだのは、新鮮なサラダと、なんと取れたての魚を調理した料理。そんなものは滅多に一般家庭には届かない。
「皆様、お喜び頂けて大変うれしゅうございます。ではいただきましょう」
私がそう声を掛けると、皆様はきちんきちんとした作法でお召し上がりになろうとし始めた。私もなんとか頑張ったけど、ピアノしか得意じゃない私には、お作法が大の苦手。手が震えてフォークを落とすのではとヒヤヒヤしたけど、なんとか乗り切った。
大体の方がムニエルをお召し上がりになってから、マリセルは次に肉料理を差し出す。そちらの方はカルパッチョだった。男爵様の大好物らしいと聞いていたので、こっそりロバート様を盗み見する。彼は嬉しそうにそれを見つめてからマリセルと私を振り向き、礼をするでもなくにこりとお笑いになった。知らなかった人の笑顔があんなに嬉しいなんて思わなかった。
今日はとても楽しい日になりそう。そう思っていた私は、その後巻き起こる事件なんか知らなかった。
作品名:メイドロボットターカス 作家名:桐生甘太郎