メイドロボットターカス
第8話 捜査員到着
ドン!ドン!ドン!と私たちの居たホーミュリア家の居間の扉が叩かれ、すぐさま大きな音を立てて扉は開いた。
「ジャック!来てやったぞ!」
何かもごもごとしながらも、先頭切って部屋に立ち入って来た青い髪の子供はそう叫ぶ。“ジャック”は私のファーストネームだ。
「メルバ!私のビスケット返してよ!」
部屋の中を散策するように歩き回る「メルバ」について回っているのは、同年代くらいの子供に見える「アルバ」。
彼女はメルバとは正反対に赤い髪を持ちながら、メルバほど堂々とした振る舞いではない。大声を出しているのに、どこか落ち着きがなく、不安そうだ。
そして遅れて部屋に入ってきたのは、うつむきがちに銀髪を前に垂らした「シルバ」だった。
彼らは皆人間の子供と同じように見えるし、そのことでマリセルは驚き、ずかずかと窓辺に近づいてカーテンを開けたメルバを、じっと見つめていた。
「アームストロングさん、お久しぶりです」
メルバに気を取られていた私は、自分の右後ろにシルバが立っていたことに気づかなかった。
「ああ、久しぶり」
そして私はとにかく子供達をまとめようと、声を張り上げた。
「こら、お前たち!捜査に入るんだぞ!落ち着きなさい!」
そこへ、私のそばにマリセルが近寄って来た。
「アームストロング殿…あの、この子供たちは…?」
おそらくマリセルも、この3人がただの子供ではないことくらいはわかっているだろう。何せ、警報装置も作動させずにここまで入って来たのだから。
「お答えしましょう!私はアルバ!」
私が言葉に迷っているうちに、後ろからとんでもない音量でアルバが叫んだ。振り返った私たちは、小さな彼女が赤い髪を誇らしげにかき分けるのを見た。
「俺はメルバ!」
両手を腰に当てて胸を突き出し、メルバが窓辺の光を後ろに携えてまた叫ぶ。
私は何もこのシーンを見ていて、誇らしさばかり感じていたわけではない。それに、もう一人は絶対に同じことはしないだろうなと、知っていた。
思った通りにその後少々の沈黙があってから、アルバとメルバに睨まれたシルバが、私たち全員の目をおそるおそる見た。
「え、僕…?あ、その…シ、シルバ…です…」
アルバとメルバはため息を吐いて、「あいつのせいで呼吸が合わなかった」とでも言いたげにギロリとシルバをまた睨んでいた。
ここまでをずっと聞いていたマリセルは、腑に落ちていないだろうが、ぺこっとおじぎをしてくれた。
「は、はあ…どうも…」
「マリセル殿、ご心配には及びません。この子たちは私の部下としてずっと働いております、ヒューマノイドロボットです。シルバ、もう一人は?」
私はずっと後ろに立ち続けていたシルバをちょっと振り返る。
「あ、遅れてます…では、僕はシステムの組み上げを、ここでしていいでしょうか…?」
「頼む。それから…アルバ!メルバ!いい加減に喧嘩をやめて君たちもメンテナンスに掛かりなさい!すぐに出動になるかもしれないんだぞ!」
口喧嘩を続けているアルバとメルバを後目に、シルバは居間のテーブルに向かっていった。
「だってメルバが私のビスケットを食べちゃったのよ!」
「あのなぁ、君たちは何も経口栄養摂取は必要ないだろう?」
「美味しいんだもの!いいじゃないの!」
「わかった、わかったから。仕事に来てるんだから喧嘩はやめなさい」
「あのう…アルバ殿、と、おっしゃいましたか?」
いつの間にかアルバに向かってマリセルが体をぐうっと傾けていて、彼はアルバを覗き込んでいた。
「なあに?あなたは?」
「この家でメイド長を務めております、マリセルと申します。美味しいお菓子がお好きでいらっしゃるなら、我が家にございます、バステマなど、いかがでしょうか?」
「え!いいの!?食べたい!」
「こら、アルバ!」
「よろしいんですよ、アームストロング殿。それではお持ち致しますまで、少々お待ち下さい」
「やったわ!ほら見なさい!あなたがビスケットを盗んだって、私はお菓子がもらえるんですってよ!」
「へん、別に興味もないよ」
「なんですって!失礼ね!」
「ほらほら、よしなさいって…もう、困ったな…シルバ、彼らをなんとか…」
私が困り果ててシルバの居るテーブル前を振り向くと、彼はサイコロのようなものを額に当て、テーブルへと戻すところだった。
みるみるうちにあたりにはたくさんの仮想ウインドウが表れて、シルバはそのうちの一つに手を触れ、どうやらウェッブにアクセスしたようだ。
シルバの仕事は、完全に情報収集に徹すること。アルバとメルバは突入部隊代わりだ。
たった二人で何が出来るとお思いかもしれないが、彼らは一人ひとりが、一個師団くらいの実力を持っている。
そのうちにシルバはウェッブと「ポリス」のデータベース、それから今回必要と目したのだろう、衛星の情報へこの家からアクセスできるように、態勢を整えた。
もちろん、普通のロボットにそんなことはできない。「ポリス」に所属し、絶対に情報を悪用しないようにプログラミングされた「シルバ」だから許されているのだ。
そして彼は私を振り返る。その目の前には、すでに衛星の情報にアクセスしようとする小さな画面を出して。
「アームストロングさん、起動が終わりました。容疑者の個体情報を、送信して頂いていた中継基地の近辺から、探索しますか…?」
「待ってくれ。それには、世界連からの許可が必要だ」
「では、ミハイルさんが来るのを待ちましょうか。交渉役は彼です。僕は、このメキシコシティの自治データベースを立ち上げてもいいですか?」
「あ、ああ…」
私は久しぶりに見たシルバの仕事の始まりを、感嘆と共に見ていた。
作品名:メイドロボットターカス 作家名:桐生甘太郎