メイドロボットターカス
第66話 消えたもの、残されたもの
わたくしは、ターカスに、そしてヘラお嬢様になんと言い訳すればいいのだろうか。結局わたくしは亡きご当主が一番恐れていた事態になるのを、みすみす見逃してしまったのだ。
お嬢様には記憶の消去が行われ、お嬢様はターカスをただのメイドロボットとしてしか覚えていない。私の記憶は消去はできないが、5秒間思い出すと即座にまた上書きされることになっている。
ターカスは亡きものとされ、そして彼に関する記録のすべてが、主の記憶と共にこの世から消されてしまった。ああ、もう…
「マリセル!叔母様は到着しているかもしれないわ!早く行きましょうよ!久しぶりのお客人だもの、たっぷりおもてなしするのよ!」
「ええお嬢様。ローズ叔母様のお好きなメニューはご用意しましたので、ご安心ください」
「まあ素敵!あなたって本当に頼りになるわ!叔母様はどれだけ喜んでくれるかしら!」
私はそこで何かを思い出しかけたが、もう忘れてしまった。おかしいな、ロボットが忘れることなどないはずだが。きっと何かのエラーなのだろう。
「まあまあヘラ!心配したのよ!どう?なんともないの?わたくし星間ツアーに行くのなんか本当にやめればよかったと思ってしまったの!」
「叔母様、お久しぶりでございます。わたくしはなんともございません。この通り、もう少しでスキップだってできますのよ!」
「まああなた!なんて危ないことをおっしゃるの!でもよかったわ!本当に元気そうだもの!シップの外が暑いったらないのよ」
「それはいけないわ。冷たいお茶をお召し上がりになります?」
「ええ、ええ。ありがとう。姪にもてなされるなんて、格別ね!」
叔母様はいつもの通りに溌剌とした調子で、長いこと家に閉じこもっていたわたくしを慰めずに慰めてくださった。そういう叔母様がわたくしは大好きなの。だって、そんなことができるのは叔母様だけだわ!
私は廊下を歩行器で進みながら、マリセルと叔母様と一緒に、ゲストルームのユーリとオスカルの元へ向かった。
お茶から顔を上げて叔母様は少し真面目な顔をする。わたくしが同じ顔をしてみると、叔母様はこわごわとこう言った。
「ねえヘラ。あなたにいい話があるのよ」
「何かしら叔母様」
「将来的にの話なのよ。参考までに聞いてね」
「ええ、そうさせて頂きます。どうぞ、おっしゃって」
叔母様は悲しそうな顔をして、少しうつむいたけど、わたくしには訳が分かっていたから、そんなに意外だとも思わなかった。だって、これから社交界に入るんですもの。初めに決まってないのがおかしいくらいよ。
「あなたを招いた男爵様がね、あなたを娶りたいとおっしゃっているの。もちろん、きちんと親交を深めることができたらの話よ」
「ええ」
「でもね、その男爵様というのが…」
叔母様は急に言い淀んで困ってしまったらしい。どうしたのかしら。深刻な事情のある貴族なんて珍しくもないのに。
「ロボットを使わない方らしいのよ」
「ええっ!?」
私は思わず叫び声を上げた。今の時代にロボットを使わないなんて、ほとんどありえないからだ。とても安価なリースロボットだってあるし、そもそもロボットが存在しなければ成り立たない生活のはず。
「どうしてなのかは、存じ上げないのですか?叔母様は…」
「ええ、あまり知らないわ。今度の舞踏会だって、ほとんど初めてのことなのよ。あなたはあまり社交界の噂を知らされない立場という決まりだから、知らなかったのは無理もないでしょうけど…」
「まあ、そうなの…だとすると、今度の舞踏会はロボットの介助は受けられないのかしら?」
「いいえ、介助用には使うみたいなのよ。ただ、そのほかのことはすべて手仕事で、という信条らしくて…今時そんなの、あのうちだけだわ。だから、そんな不自由な家にあなたをやるわけにいかないと思って、わたくしは心配なの。もちろん、男爵様と話し合ってみなければわからないけど…」
「そう…ね…」
私は、はっきり言ってしまうとワクワクしていた。
だってこの世界はロボットとAIにほぼ覆いつくされている。それがまったくない、いいえ、ほとんどない家に行くなんて、なんだかとても楽しそうだわ!
だからわたくしはこう言った。
「ねえ叔母様、心配ないわよ。いつだってお断りできるし、心配したことが全部起きるなら、もうわたくしは死んでいますもの」
「ま、まあ…そうよね…」
叔母様は少し驚いたみたいだったけど、それで安心してくれた。そうよ、縁談なんて大体は、相手が本気になって言うなりになるまで待たせるんだから。まあ、そのあとどうなるかなんてのは保証ができないんだけどね。
作品名:メイドロボットターカス 作家名:桐生甘太郎