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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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メイドロボットターカス

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第59話 少女とロボット






「ねえ、マリセル。ターカスはまだ戻らないの?」

わたくしはそう聞かれて、思わずドキッとしてしまった。ターカスをメンテナンスに送ったと言ってから、もう半日も経っていた。私の動揺を悟ったのか、お嬢様も表情を曇らせる。

お嬢様は何も言わずにウサギのコーネリアを床に放すと、わたくしに向き直って、こちらを睨みつけた。

「…何か隠し事があるのは、わかっていたわ」

そう言われたことに、意外だとは思わなかった。ヘラお嬢様は、ターカスの変異を感じていたし、私とターカスが、バチスタ博士の元へ向かう時、どこか不安そうではいたものの、全て了解済みと言わんばかりの顔をしていらっしゃったからだ。

「話してちょうだい、マリセル。そうでなければ、あなたをこれまでと同じに信頼するわけにはいかないわ」

私は仕方なく、事の次第を話す事にした…




「そう…お父様が…」

ヘラお嬢様は、大して驚かなかった。今までに実際に起きた事の方が、驚きに値するだろう。


ターカスは、お嬢様の弟君、「ターカス」の名を付け、脳細胞まで移植されていた事。今はその細胞を失っている事。彼は、それらのため、廃棄されるべきロボットである事…。それらを知っても、お嬢様はそこまで動じなかった。


「わたくし達には、そんな事情があったのね…今まで、ずっと…」

わたくしはなかなか何も言えず、お嬢様のこぼす独り言を、聴いていた。でも、ふとお嬢様が顔を上げ、私に優しく微笑みかける。

「ねえ、マリセル。もし、これを知っていたのがあなただけだったとしたら…あなたは、どうする?」

そう言われて、私は、俯く事しかできなかった…。




「メキシコに居る。それは確かだろう。でも、今度穀物メジャーが活動するのは、アフリカじゃなかったのか?そこには居室は?」

「ありません」

シルバがそう言ったので、私は腑に落ちない気持ちではあったが、どうやら亡きダガーリア氏の成功を僻んで成長したオールドマンが、メキシコを制圧するつもりなのだろうとは思った。

「それで、どうする。攻め入るか?令状は取りようがあるか?」

メルバはジャーキーを噛みながら、テーブルを乗り出す。

「いくらでも。違法な事は挙げればキリがありませんよ。調べはついています。現在禁じられている人体実験、誘拐、殺害と、オンパレードです。貴方が見つけてくれた死体は、身元の照会が進んでいます。ポリスが原告になれます」

「決まりだな。行こう」

私はそこに口を挟む。嫌な予感がまた掠めた。

「待て。相手は生物兵器を持っているんだ。迂闊に手出しは出来ない。新たな犠牲者が出る。中将。軍に動いてもらいましょう」

「それは俺も同意する。大規模な兵力が必要だ。徹底的に押さえ込まなきゃな」

「では、ロペス中将には、その手続きをお願いします。この場で出来ますか」

シルバは重ねて出していたウィンドウをすべて閉じ、中将に向き直る。中将は頷いて、端末を取り出した。彼が通信をしている横で、私達は話し合う。その時は、ターカスも入って来てくれた。


「メキシコシティのアジトはどこなんだ」

「地下です」

「位置は」

「都市部の真下、以前シェルターとして使われていた場所が20年程前に競売に出された時、買い取ったのがオールドマンです。かなり深い場所です」

「またあの気味の悪い真っ白な空間なのかね」

メルバは首を振る。

「とにかく、そこへ踏み込み、オールドマンの研究を奪いましょう」

ターカスは積極的だった。それは頼りになる。

「ねえ、でも、都市部の真下なら、地上に出てきたら大変よ」

アルバの心配はもっともだった。でも、そのために軍の協力も仰ぐので、万全を期して我々は向かわなければいけない。

そう話していると、中将が端末を胸元にしまい、こちらを振り向く。

「上層部に話が通るのには、15分掛かる。少し待ってくれ。ところでターカス。お前、一度くらい家に帰らなくていいのか?事情の説明もしていないだろう」

ターカスは少し気まずそうに俯いた。

「これから、バチスタ博士の葬儀もある。君には、決戦の前にやる事があると思うがな」

その言葉にターカスは上の空のようで、まともな返事をしなかった。




「おかえりなさい、ターカス」

「ええ、お嬢様…」

「ねえ、まずはお茶にしない?」

私が家に戻った時、ヘラお嬢様は、落ち着いた様子だった。以前のように、私の態度に不満を唱えたりもしなかった。ただ、どこか悲しそうな様子に見えた。

マリセルは一歩後ろに立ち、私達がお嬢様の部屋へ入るのを見送る。私はマリセルを振り返ったが、彼は何も言ってくれなかった。


私は、バチスタ博士が亡くなった事は、お嬢様に話さなかった。あまりにショッキングな光景だったからだ。14歳のお嬢様には、話せない。私には、話せない事が多すぎた。この数日、自分がかいくぐってきた死地を、この小さな少女には見せられない。


「ねえ、ターカス」

私が淹れた紅茶から顔を上げ、お嬢様はこちらを見る。その目はとても静かで、でもやはり悲し気だった。

「どこかへ行くのね?」

そう聞かれたので、頷いた。そうするとお嬢様はこちらへ身を乗り出し、私の頭へ手をやった。

「頑張っていらっしゃい。きっと帰ってくるのよ」

「ええ…」

分からなかった。なぜこの少女はここまで私を思いやるのだろう。私はただのロボットなのに。そう思う自分も、分からなかった。

“この家は、居心地が悪い。私には、分からない事ばかりだ…”

私を優しく見詰める少女には、本当の事を言えなかった。そのまま私は、マリセルに事情を話し、軍の基地へ赴いた…。