短編集93(過去作品)
弥生によって救われた気持ちを忘れていたくせに、弥生と別れた時に感じた「似た思い」を思い出せないというのも皮肉なものだ。
――人生は繰り返しているのかも知れない――
人との出会いも繰り返し、感情の起伏も繰り返し、それをすべて覚えていないというのは気持ちの切り替えの上で必然なのかも知れない。
――忘れっぽいのではなく、忘れてしまっていると中途半端に気付くこと自体、他の人にはまったく感じない感情なのではないだろうか――
とさえ思っている。
――大切なことを忘れてしまっていると、思い出すのが怖くなる――
まさしくそんな心境である。
かつて気になっていたが無視してしまっていた皐月が目の前に現われたこと、これは運命の出会いと言っていいのだろうか。もしそうであるならば、流れていたバラード、そこにも何か雄大と皐月の因縁めいたものがあるのかも知れない。
皐月は雄大が弥生と結婚したことをどう思っているのだろう。弥生が大らかな性格の女性で、それに比べて皐月は気の強さが前面に出ているような女性だったが、それでいて我慢強い方だった。
「女ってね、ギリギリまで我慢するけど、我慢が切れると、修復させるにはかなり大変なのよ」
弥生の気持ちの変化にどう対処していいか分からずに放っておいた時に聞かされた話である。確かに今から考えれば弥生は我慢強い女性であった。他の人に対してあまり喋らなかったのは、自分と合わない人と下手に合わせようとしなかったからである。
――弥生は今どうしているのだろう――
と考えてしまう。人見知りをしてしまう性格なので、きっと誰とも出会うことはないように思えるが違うかな?
他人事のように思えてしまうのは、雄大の中で割り切ってしまっているからだろうか。それとも皐月という女性が目の前に現われたからだろうか。
大好きだったバラードに足を止め、そしてファーストフードの前でバッタリ出会ったシチュエーション、それは高校時代に感じた思いそのままだった。忘れようとしても忘れられなかった皐月への思い、それは皐月の視線を避けようとしていた時の自分にあったのだ。
――自分であって自分でない――
自分の気持ちを押し殺そうとするなど雄大らしくない。その思いを抱いていた時に弥生と知り合ったものだから、皐月への気持ちを隠そうとしたまま、すべての気持ちを弥生に向けた。
忘れっぽくなったのはそれからである。
自分の気持ちに無理をした弊害として、肝心なことを覚えられなくなってしまった。都合の悪いことは覆い隠してしまいたいという思いだったのだが、中途半端なことのできない雄大には、それがトラウマとして残ってしまった。
忘れっぽい性格がどこから来るのかを、もし弥生が気付いたとしたら……。それが離婚の理由になったのかも知れない。
高校時代に感じたもう一人の視線、それは、人生を繰り返していることに気付いた自分だったのかも知れない。それとも、自分の中途半端な気持ちに誤解を与えられた、雄大が見向きもしなかった女性だったのだろうか? もしそうだとしたら、雄大の罪は大きい。その報いを今まで受けていたのかも知れない。
バラードが耳の奥で響いている。見つめているのは皐月だけだ。もう中途半端な思いで人生の繰り返しはできないと感じた雄大だった……。
( 完 )
作品名:短編集93(過去作品) 作家名:森本晃次