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短編集93(過去作品)

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 高校時代を思い出す上で、人から浴びた視線を一番に思い出す。しかし、視線を感じていたことを思い出すと今度は他のことが思い出せない。不思議だった。
 人からの視線で気になっていたのは数人だった。そのうちの一人は皐月であるが、彼女の視線は明らかに雄大を男性として見ている目だったように思う。
 皐月に対して女性を感じたのは、今日が初めてではない。高校時代に感じた視線の中に女性を感じていた。普通に見ればまだあどけなさの残る女の子だったのに、雄大を見つめる視線の中には大人のオンナを感じさせた。
 だが、その視線を無視してしまったのは、大人のオンナの視線が怖かったからだ。唇が赤く濡れ、小刻みに震える雰囲気は想像するだけで、自分の中の男を呼び起こす。それまで女性と付き合ったことすらなかった雄大には刺激的すぎるのだ。
 しかも女性に興味を持つのが他の人より遅かった雄大は、余計に女性に対して誇大妄想を抱いくようになっていた。素敵な部分もすべてが妖艶な雰囲気に感じてしまう自分が恥ずかしく、
――どうかしてしまったんじゃないか――
 と毎日のように女性に対して反応する自分の身体に自問自答を繰り返していた。
 そんな毎日を送っていると、女性の視線をさらに感じるようになる。皐月の視線を無視していると、今度はもう一人の女性の視線を感じ始めた。その女性とは言わずと知れた弥生だったのだ。
 後から聞くと、弥生が視線を送っていたのは雄大が気付く前からだったようだ。ひょっとして皐月からの視線に気付く前から弥生は視線を向けていたのかも知れない。それに気付かなかったのは鈍感だったこともあるが、女性の視線とは皐月によって向けられた熱い視線のことだとしてしか認識をしていなかったからである。
 皐月の視線があったから、弥生の視線に気付いたと言っても過言ではないだろう。皐月の視線を弥生は気付いていたのだろうか。今から思えば気付いていたようにも思う。
 皐月の視線の眩しさに目を背けたくなったような時を狙って弥生の視線がさらに強くなった。
 弥生の視線は決して妖艶なものでも熱いものでもなかった。
「お願い、気付いて……」
 と言っているのではないかと思えるほど謙虚なもので、気付かなくても弥生のことだから、ずっと視線を送り続けていただろう。その気持ちはまるで悲劇のヒロインを思わせ、自己満足で終わっていたかも知れない。
 弥生自身はそれでよかったかも知れないが、今となってはどちらがよかったのかなど分かるはずもない。離婚したという事実、そしてその理由がどこにあるか分からないという曖昧さが雄大の中に大きなトラウマを残してしまった。
 しかし、そのトラウマは今に始まったことではないように思えるのは気のせいではない。小さい頃から少しずつでも成長してきて、結婚の前後で絶頂を迎えたと思えた雄大にとっての自分の人生。しかし、結婚をピークに坂道を転がり落ちてきた。
 どこにも歯止めのない坂道である。今まで上ばかりを見て登ってきたので、どこまで落ちるのかは未知数だった。
 上を見ている時に下を見ることなどしない。熱っぽい時に体温を測ってどれほどの熱かを自覚してしまうと、そこで気力が失せてしまうことが往々にしてあるが、まさしくそれに匹敵する。
 弥生の視線を今さらながらに思い出す。
――もし生まれ変わって同じような人生を歩むとしても、やっぱりまた弥生と出会って、好きになるだろうな――
 と思わせる視線である。
 弥生は完全に雄大にとってタイプである。他の女性が考えられないほどの女性だと思うのだが、なぜか他の女性の影を感じるのはどうしてだろう。
――他の女性――
 それは皐月ではない。皐月という女性が雄大の人生において大きな意味を持っていることには違いないが、雄大の気持ちの中にいるもう一人の女性とはまた違っている。
 雄大の中に弥生と皐月以外に誰かいるのだ。それを思い出させたのが皐月だというのも皮肉なものだが、皐月の視線なくして感じることのできなかったことだ。
 女性の妖艶な雰囲気に絶大な興味を抱きながら、恥ずかしさからか女性の視線を無視してきた雄大。その気持ちを知ってのことか、高校卒業間近まで付き合ってほしいと言わなかった弥生。しかしその視線は感じていた。
 雄大は高校を卒業するまでに、すでに女性の身体を知っていた。
 彼女は友達の彼女で、好意は持っていたが、
――決して好きになってはいけない女性――
 という思いが強かった。なるべく見ないようにしていたし、彼女からの視線を感じないようにしようと心がけていた。しかし、彼女からの視線は感じることがなかった。
 彼女の視線は絶えず友達に注がれていて、誰が見てもお似合いのカップル。自分の立ち入る隙間などあるはずはない。
 だが気になるのだ。
 自分が友達になったイメージを思い浮かべ、彼女からの視線を浴びていたいという衝動に駆られたこともあった。
 そういえば友達と彼女がよく表から丸見えの構造になっている駅前のハンバーガー屋さんで話をしているのを見かけたものだ。時々何かを思い出したように表を見る二人、何を見つめていたのだろう。
 そんな二人にいきなりの別れが訪れた。原因は話してくれなかったが、寂しさからか雄大に話しかけるようになっていた。
 友達と付き合っている間であれば、視線を避けるようにしていただけに話しかけられるような隙を見せることはなかっただろうが、別れたのを知って気になって見ている雄大はきっと隙だらけだったに違いない。
「私、寂しいの」
 この一言を聞いた時、雄大の中で何かが弾けた。
 今までに感じたことのない女性という生き物の本質を見た気がした。あまりにも妖艶で、
――これが女性なんだ――
 と思ったことを覚えている。その時の妖艶さは今まで弥生や皐月に感じたものとは異質のものだった。まさに自分の追い求める究極の女性を感じたのだ。
――いとおしい――
 これから先、このような感情を一生抱くことができないのではないかと思えるほどである。
 彼女の身体はとろけそうだった。しばらくは身体が覚えていたはずの感触がある時期にくると急に忘れてしまった。それと同時に彼女のことも忘れてしまったようである。
 彼女とはその時一回きりの夜。どうしてお互いにそんな気持ちになったのか分からない。もう一度抱きたいと思っていたところへ、
「もうあなたとお会いすることもないと思います」
 と次回会った時言われた言葉に、驚きよりもホッとした気持ちがあったことを隠せなかった。
――どうしてこんな気持ちになったのだろう――
 彼女の中を奥深く入っていく中で感じた思い、それはまるで底なし沼にでも入り込んでいくような感覚、宇宙にあるすべてのものを吸い尽くしてしまうといわれるブラックホール、もう後戻りのできない恐怖であった。
 弥生からの告白は文字通り救われた感覚だった。まるで、自分の弱くなった気持ちを見透かしたように告白され、それまでのモヤモヤが一気に晴れていった。
――そういえば、弥生と離婚してから寂しさがこみ上げてきた時、初めて感じた寂しさではないように思えたのは、その中にホッとした気持ちがあったからかも知れない――
作品名:短編集93(過去作品) 作家名:森本晃次