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短編集93(過去作品)

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 彼女に想像でセーラー服を着せてみた。少し無理はあるが、あまり化粧を施した痕のないその表情から、高校時代の顔を思い浮かべるのはそれほど難しいものではなかった。
 名前は、そう確か皐月と言った。苗字はなぜか思い出せない。
「懐かしいですね。何となくですけど覚えていますよ」
 高校時代というと、数人目立つ連中がいて、あとはそれほど個性が目立つやつはいなかった。
――一体何を考えているのだろう――
 と思う連中ばかりで、それも受験というシガラミさえなければかなり違ったように思えてならない。かくいう雄大もその一人だが、雄大にとって高校時代の思い出は弥生と知り合ったことだけだった。
 一人の女性のことを考えると、他の女性が気にならなくなるのも雄大の性格である。どんなに可愛い人がいても、可愛いという感覚があるだけで、それ以上のことを知りたいとは思わないのである。却ってそっちの方が相手の顔を覚えているというもので、それが不思議でならなかった。
 皐月という女性は比較的意識の中に残った女性だった。これといって目立つところはなかったが、なぜか印象に残っている。
「私ね。高校時代、あなたのことをよく見ていたんですよ」
 とはにかんだ表情でいうと、その表情から溢れるあどけなさを見て、
――この表情が印象に残っているんだ――
 言葉の重さとは関係なく、あどけなさのためにそれほど大袈裟に考えることはなかった。一緒にカウンターに進み注文すると、最初からずっと一緒にいて、休憩するのにこの店に立ち寄ったように思えてくる。つい今久しぶりの再会をしたなど、信じられないくらいだ。
「皐月が俺をずっと見ていたなんて信じられないよ」
「どうしてなの? 弥生さんがいたから?」
「それもあるんだけど、そんなに気にされるような男じゃないだろう? どちらかというと暗い高校生だったんじゃないかな?」
「そんなことないんじゃない? 私にはそうは見えなかったわ」
「弥生と付き合っていたので、他の女性が気にならなかったからね。そんな俺に意識があったということかい?」
「どうしてかしら? そういうことになるわね。でもあなたは私の笑みに対していつも満面の笑みを返してくれたわ。それが嬉しかったの」
「満面の笑み? そうだったかな?」
 言葉を濁すしかなかった。何しろ本人に意識がないからである。
 それにしても久しぶりの再会を思わせないほど、皐月は変わっていなかった。
「君はあまり変わっていないね」
 女性に対してこの言葉がいいのか悪いのかよく分からなかった。
「綺麗になったね」
 という意味では変わったという表現がいいのだろうし、
「まだまだ若いね」
 という意味では変わっていないという表現が合っている。
 しかしお互いにもうお世辞にも若くない年齢に至っているので、変わっていないと言われる方が嬉しいのではないだろうか。
 確かにあまり変わっていなかった。まるでこの間まで一緒に学校に通っていた気分だ。自分も若い頃の気分にさせてくれる皐月の出現は嬉しかった。
「そうかしら? まだまだ若いのかも知れないわね。これでも気分は二十代前半なのよ」
 と照れ笑いを見せる。その笑顔も高校時代そのままだった。
 さっき何となくだけど覚えていると答えたが、本当は記憶にクッキリと残っていた。あまり人の顔を覚えるのが得意ではない雄大は、高校時代の友達の顔など、ほとんど忘れてしまっていた。
「懐かしい人に会うと、その時のことがまるで昨日のように思えてくるね」
「そうね。私もそうかも知れないわ」
 少し顔が曇ったのが気になっていた。
 皐月は高校時代、成績が優秀だった。あまり目立たないタイプで、しかも勉強ができるのだから、典型的な秀才タイプだった。どこか優越感に浸っているところが見えたが、実際成績がいいだけに、誰からも文句の出ることはなかった。
 雄大も勉強は嫌いではなかった。だが、興味があったのは歴史などのように裏話が絡むところで、いわゆる受験に必要な知識ではなかった。本を読むことが好きで、歴史上の人物についての話を書いた本をよく読んでいた。時々家の近くの喫茶店に立ち寄っては読んでいたが、夏などの暑い時期は、涼めるのが嬉しかった。ファーストフードでもよかったのだが、まわりの喧騒とした雰囲気にはついていけなかったのだ。
 そういえば、ファーストフードの店で、よく勉強をしていた皐月の姿を何度も目撃したことがあった。目が悪いわけではなかっただろうが、前屈みになってテーブルの上の教材に覆いかぶさるようにしながらペンを走らせる。そんな姿を見ればガリ勉と陰口を叩きたくなる連中が現われても仕方がないだろう。
 そんな自分を皐月はあまり気に入っていなかった。
「あまり学生時代のことは思い出したくないかも」
 といっていたが、気持ちも分からなくない。
 ガリ勉という言葉、男性であってもあまり気持ちのいいものではない。机に向っている時はメガネを掛けていた皐月は、一気に目立たない暗い女の子になってしまう。男であればメガネを掛ければダンディに見えることもあるだろうが、女性の場合はなかなかよくは見られない。女性でメガネを掛けている人はあまりまわりにいなかったが、それは目が悪くないわけではなく、皆コンタクトレンズを嵌めていたからだ。
「私、過去のことを考えながら生きるのってあまり好きじゃないの。あなたと今日ここで出会ったのも過去というよりも現在を大切にしたいから嬉しいと思っているのよ」
 その言葉は雄大を有頂天にさせた。
 なかなか離婚ということから気持ちを切り替えられない雄大にとって、新しい出会いは離婚を忘れさせてくれる起爆剤になるだろう。そして自分の考え方を少しでも明るい方へと導いてくれることを願っている。
「私は、自然体というのがモットーなのよ。高校時代の私ってかなり無理をしていたと思うの。今と基本的に考え方は変わっていないんだけど、その気持ちを貫きたかったという思いが強かったのね」
 高校時代というと、まだ親の影響を強く受ける年齢だ。何をするにも親の目が光っていて、雄大の家は両親が頑固だったことから、特にそう感じる。
 皐月の父親はエリートサラリーマンだった。雄大の両親とはかなり違うところがあるだろう。雄大の父親はエリートなどというのとはほど遠く、土建屋関係の仕事だったので、イメージとしては職人肌の人間だった。
「わしは曲がったことが大嫌いなんだ」
 と言っていたが、それを子供に押し付けるからたまらない。多少の柔軟性はあるだろうが、それでも自分の考えから外れ、特にまわりに迷惑などを掛けた時の怒られ方は、問答無用だった。
 さすがに当事者としては、反発心が漲ってくる。しかし、それもその時だけで、頭に上った血が下がってくると、自分なりの反省が起こる。冷静になれば、
――これでいいんだな――
 と感じることができ、反省している自分を感じていた。
 皐月の場合は違うようだ。
 雄大の父親のような猛烈な怒り方はしなかった。
 当然相手は女の子、男の子相手のように、頭ごなしに怒るということはないだろうが、怒られることもあった。
 父親から怒られるというよりも母親から言われることが多かったようだ。
作品名:短編集93(過去作品) 作家名:森本晃次