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短編集93(過去作品)

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 学生時代というのはやたらと時間を持て余していた。弥生と別れた今でも確かに時間がポッカリ空いてしまっていて、同じようなものかも知れないが、根本的な違いは、元々時間の上手な使い方を知らずに来た学生時代と、結婚生活でそれなりに充実した時間の過ごし方を知った後に訪れたところにある。すべてのものに対してみる目が違ってきていることは分かりきっている。
――懐かしくて、一番夢にも出てくるが、学生時代にだけは戻りたくないな――
 と思っている。
 学生時代に友達と寄って、当時流行っていた洋楽を聴くのが楽しみだった。高校時代まではアイドルやベストテン番組の流行に乗じたような曲ばかり聴いていたが、大学に入ると洋楽を聴く友達ばかりが増えたことで、洋楽に興味を持ち始めた。
 ジャケットなどの外見もさることながら、実際の音楽のスケールの違いにも共感していたのだ。アーチストの感慨が伝わってきそうで、それまで邦楽しか聴かなかった自分を恥ずかしく感じるほどだった。
 さすがに外国は広い、しかもアメリカなどのように多民族国家で育まれた曲は、一筋縄で理解できないほどの音楽に仕上がっていたりする。それを理解しようとする自分に、贅沢な趣きを感じていた。
 洋楽を聴いていると、いつも何かを考えていたように思う。例えば旅行に出かけた時に見た風景を思い出しながら聴いたりしたこともあったくらいで、大きな川のせせらぎを思い浮かべたり、果てしなく続く真っ青な空に浮かぶ雲の流れを思い浮かべたりもした。
 どちらかというとバラードが好きだったこともあって、大自然を思い浮かべることが多かった。旅行好きの雄大らしいではないか。
 母親がどういう気持ちで「雄大」と名づけたのか分からないが、名前のごとく大自然に育まれている時の気持ちが最高であると気付いたのは、中学の頃からだった。
 遠足は小学生の頃から好きだったが、中学に入ると遠足の中に登山が盛り込まれることもあった。特に秋の登山は、まだ下界が暑い頃の十月の初めだったので、山に登ると涼しい風に癒される時間を幸せに感じたものだ。
 真っ白いすすきの穂が、風に靡いているのを見るのは圧巻だった。遠くに見える山がまるで富士山のように美しく、
――遠くから見るから綺麗なんだ――
 と思ったものだ。
 耳を吹き抜ける風の音を思い出しながらの光景を思い浮かべていると、バラードの壮大さが引き立てられ、見えていた山が次第に遠くに去っていくような光景を想像していた。
 今でもファーストフードの店から懐かしの洋楽が聞こえてくると、思わず立ち止まってしまう。その日はまさしくそんな日だった。
 離婚してからというもの、結婚していた時期よりも学生時代の方が最近に思えてくる。結婚していた時期を忘れたいとでも思っているのだろうか。いや、そんなことはない。結婚していた時期がないものだとするほど、まだ自分の中で割り切れていないからである。
 いや、もし割り切れたとしても、学生時代の自分と、結婚していた時期の自分とがまるで別人のように感じられるから、学生時代を最近に感じるのだろう。
――俺は二十五歳から歳を取っていないんだ――
 とさえ思える。二十五歳とは言わずと知れた結婚した歳である。
 交際期間は長かった。
「お前たちが一番最初に結婚するだろうな」
 と言われていたわりには結婚はそれほど早くなかった。結婚を焦ってもいなかったし、時期を見計らっていたわけでもなかった。お互いに、どちらからか結婚の話をするのを待っていたのかも知れない。雄大が結婚のことを切り出した時の嬉しそうな弥生の顔、今でも忘れられない。
――思い切って話してみてよかった――
 いつも行動に起こすまでの戸惑いが災いしている。決断を鈍らせる時もあるくらいで、そんな時はさすがに自分でも焦ってくる。
 すべてに信頼し、疑うことを知らなかった雄大は、それが最大の長所であり、短所でもあった。
――長所と短所は紙一重――
 と言われるがまさしくその通り、一歩間違えば両刃の剣、そのことは分かっていたつもりだったが、実際に味わったのは離婚の時だった。
 離婚は結婚の数倍のエネルギーを使うと言われるが、本当にそうだったのだろうか。雄大にとって最後は他人事のようにさえ思えたくらいで、その時は分からなかったが、離婚が成立して一人になると、寂しさがこみ上げてくる。激しい後悔の元、寂しさが募り、新しい恋人がほしいと切望するが、なかなか現われるものではない。
――俺は自由なんだ――
 という気持ちが却って焦りを生むのかも知れない。
 一時期、人を好きになるという気持ちがどういうことなのか分からなかった。今でも本当に分かっているのか疑問であるが、年齢的にはまだ三十七歳、まだまだだと考えていた。
 その日は離婚してちょうど半年だった。ファーストフードの店の前を歩いていると聞こえてくる懐かしいメロディ、思わず立ちすくんで聴いていた。大学の頃によく聴いた曲であるが、アーチストとタイトルが浮かんでこない。
 そんなことは得てしてよくあることで、
――サビの部分まで来ればきっとタイトルを思い出すだろう――
 と考え、しばらく佇んでいた。
 時間帯としては午後三時を回った頃、昼食には遅いし、夕食には早すぎる。比較的客の少ない時間帯だった。
 カウンターに並んでいる人もそれほどおらず、
――これなら食べていってもいいくらいだな――
 と思うほどだった。その日はまだ昼を食べておらず、少し歩いていたので、どこかでゆっくりと座りたい気分でもあった。
 その日は久しぶりに平日の休みだった。街に出てきて何かいいことでもないかと思いさまよっていたが、なかなかそう簡単には転がっていないようだ。
 元々少食の雄大は休みの日というと一食か二食である。夕食を食べるか、昼食と夕食の間に食べるか、後は夜食程度である。その日は、午後三時になると適当な空腹感に襲われて、腹八分目程度にお腹を満たしたいと思っていた。
 それにはファーストフードがちょうどいいだろう。それもハンバーガーがいい。ドリンクにポテトがついているからだ。
――おや――
 懐かしの音楽を聴きながら列に並ぼうと考えていた時だった。ずっとカウンターを見つめていたので気付かなかったが、横で、しかも同じ列と思えるくらいに離れた場所でカウンターを見つめている女性がいた。
――どこかで見たことがあるような気がする――
 最近ではないはずだ。見覚えのあるその顔はもっと若い頃のもので、意外と同じ年齢の顔だったら却って分からなかったかも知れないと思うほどだった。しかし、昔の面影を最大限に残しているように思え、同じ顔のまま年齢だけを重ねてきたように思える。
 こちらの視線に気付いたのか、それとも最初からこちらを意識していたのか、気付いて彼女の方を見てからわりと早い段階で彼女の表情が変わった。
 ニコヤカになり、浮かべた微笑は満面の笑顔と言っていいだろう。
「こんにちは」
 彼女の方から話しかけてきた。やはり彼女の方にも雄大の記憶があるのだろう。
「こんにちは」
 返事を返す。
「お久しぶりですね。学生時代からだから、かなり経ちますね」
「学生時代?」
「そう、高校時代からかしら?」
作品名:短編集93(過去作品) 作家名:森本晃次