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短編集93(過去作品)

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 数学が面白くないと知ると、今度興味を持ったのは歴史だった。歴史にはさまざまな時代があり、どこを取っても、見つめた時代から見れば過去があり、未来がある。現在から未来は見えないだけに、未来が分かっている歴史を勉強するのが好きなのだ。
 これも減点法に結びつく考え方である。今の時代から遡ることも、どこかの一点を見つめることもすべてを百と考えることができる。発見があるたびに過去へと見つめなおす目が、また未来に向いてくるのだ。
 大学時代、都会で生活をしていて、都会でずっと育った友達ができた。よく遊びに行って夜通し話をすることもあったが、彼の話で面白かった内容が今でも頭を離れない。
 時々ふとしたことで頭によみがえってくる。忘れっぽい性格の隆二が我に返った時、思い出したように気付くと、その話を考えていたりする。
「百で満タンだと考えると、それに一足らないのは白になるんだよ」
 最初は何のことか分からなかった。
「どういうことだい?」
「百っていう字を漢字にしてごらん」
 目の前にあったメモ帳にボールペンで「百」と書いてみる。
「ああ、そういうことか」
 思わず吹き出しそうになった。まるでとんち問答のようであるが、百という文字の上の横棒を取ることによって、白と読めるというのである。
「な、面白いだろう? 考え方なんていろいろあるんだよ。要はそれをどう自分で解釈するかということだね」
 しばらくの間、その話を忘れていた。
 営業に出てなかなか商談も進まず困っていた。商談相手は何もないところからの加算法を求めているようだ。目を輝かせているのが分かるが、営業の難しさがそこにあるのに気付いた気がする。
 なまじ商品知識があるだけに、まず商品の説明をして、分かってもらった上で商談に入るのだ。それが当たり前なのだが、最初が百だと認識し、相手の反応を見ながら次第に歩み寄る。相手の数字が上がっていくとこちらの数字が下がる。最後に合致するのはお互いが五十になった時ではないかと思うようになっていた。
 すべてを百とする考え方がいいのかどうか分からないが、歩み寄りとはそういうことだと認識している。
 それは営業に対してだけの考え方ではない。すべてに対しての考え方でもあった。特に女性との交際に対してまでその考え方を貫いているので、よほど理解にある女性でなければうまくいくはずはないだろう。
「お前と結婚する人は本当に素晴らしい女性かも知れないな」
 斉藤に言われた。最初褒め言葉だと思い、
「ありがとう、本当にそうなのかな?」
 と答えると、苦笑いをしながら、
「まあ、そうだろうね。そうじゃないと君の考え方にはついていけないだろう」
 皮肉だと分かり、顔を真っ赤にして考えてしまったが、なぜなのかピンと来なかった。その時だけは斉藤も即答は控え、その話はそれで打ち切られ、二度と話すことはなかった。
 女性と知り合ってもすぐに別れる時期が続いた。長くとも三ヶ月、それ以上ということはない。別れの理由もハッキリせず、避けられていたことに気付いても、時すでに遅く、連絡を取っても曖昧な返事しか返って来ず、話にならなくなってしまう。
 知り合って最初は実に話が合う。どちらかというと隆二の方が喋り捲っている方だ。
「僕は相手に分かってもらいたいと思う方が強いので、最初に自分のことをすべて話す方なんだ」
 付き合い始めた女性に最初から公言している。
 だが、付き合い始めたと意識を相手もしてくれているのだろうか? 別れた後で感じることだ。
――最初に自分だけで盛り上がってしまうから、相手がしらけてしまう――
 百とゼロとではあまりにも違いすぎる。早く五十まで落とさなければいけないと思うのだが、歩み寄ろうとする前に相手が引いてしまうように思えてならない。かといって最初に自分を曝け出さないと交際の出発点に立てないと思っている隆二には難しいことだった。
「お前と結婚する人は本当に素晴らしい女性かも知れないな」
 と言っていた隆二の言葉、今さらながらに思い出していた。
 だが、ある日を境に隆二にも素敵な彼女ができた。考え方を少し変えるだけでこれほどうまく行くとはさすがに考えていなかった。考え方には二つあった。その考え方というのも、まったく違う発想からきているように見えるが、実はお互いに相乗効果を持っている。それが分かっただけでもうまくいく要因がそこにあることに気付いたのだ。
 まずは、
――長所と短所は紙一重――
 ということである。
 長所と短所という発想ではなく、離れた発想であっても、実は探し物は近くに存在しているという考え方である。灯台下暗しの発想でもあり、大きく見れば次元を飛び越える発想でもある。
 ちょっとした発想の違いで見方がまったく違ってくる。相手のことを知りたいと思っているのに、最初に自分のことを曝け出すのは、相手に対しての押し付けになっているという簡単なことに気付いていなかったからだ。
 その考えに気付くと同じように自分のことを最初に曝け出そうとしても、相手は黙って聞くだけでなく、ところどころで聞き返し、会話になる。その際に自分のことも少しずつ話してくれるので、相手からの歩みよりも感じるようになってくるのだ。
 次元を飛び越える発想としては、夢を思い浮かべる。夢から覚めようとする瞬間にすべてのことがおぼろげになり、目が覚めると忘れてしまう。忘れっぽい性格である隆二は、――夢と現実を混同しているんだろうか――
 と思うことさえあった。あまりにも一つのことに集中しようという考えが強すぎるのかも知れない。
 すべてに百を目指そうとしても、それは不可能だという意識を持っているくせに中途半端なことはできない。自分に対して妥協してしまって、甘えてしまうからに違いない。それを隆二は恐れているのだ。
――融通が利かない性格――
 あまりいいことではないだろう。
 減点法と加算法、それぞれが歩み寄れば本来であれば、五十パーセントのところで折り合うだろう。しかし、隆二はそうは思わない。きっと六十パーセントか七十パーセントのところで折り合うように思えてならない。
 テストにおいてもそうだったが、気分的に七十パーセントのあたりを平均に考えるくせがついている。それ以上下だったら、自分の中では過半数よりも下としてしか考えられないのだ。
 だが加算法はどうだろう。半分くらいまでくると、さらに意識は加速して、もう少し頑張ればいいところまでいくという意識があるせいか、五十パーセントと七十パーセントの間のギャップがいい意味で存在しないように感じる。
 さらに、出会った相手がゼロであるということはない。歩み寄りを示すための意識は最初からあったはずだ。特に彼女はそうだった。四十パーセントくらいの意識があったことだろう。
 その時に百と白の話を思い出した。
 白という色についても特別な意味を感じている。白という色は何にでも変われる要素を持っていて、しかも純粋な色である。それでいて染まりやすいという欠点もある。
作品名:短編集93(過去作品) 作家名:森本晃次