小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

短編集93(過去作品)

INDEX|17ページ/20ページ|

次のページ前のページ
 

 その頃によく嫌な夢を見ていたが、夢の内容は決まっていた。高校二年生の頃の夢である。
 今まで順風に生きてきたと思っていた隆二だったが、高校二年生の頃に成績が一度低下したことがあった。
 隆二が女性に興味を持ち始めたのは遅く、高校入学前だったのだが、他の人よりも遅かった分、身体の反応は敏感だった。
 それだけに、女性を見る視線が自分でも異常ではないかと思えるくらいで、相手が異常な視線に気付かないわけがない。
「あの人、気持ち悪いわね」
 というくらいに思われていただろう。
「お前はすぐに感情が顔に出るからな」
 と言われた時期があった。
 就職活動を始めてからの隆二は逆に感情を顔に出すことはなくなって、無表情になっていた。ポーカーフェイスを気取っていると思われては心外なのだが、あまり表情を変えなくなったのは、感情を表に出しすぎることに気付いたからかも知れない。
 だが、どちらが本当の自分なのだろう?
 どちらも本当の自分である。状況によって感情を表に出さないこともできるということで、本当はすぐに顔に出る性格なのだ。
 高校入試はそれほど苦痛ではなかったが、それより異性への感情が募ってくるのを抑えるのが苦痛だった。まわりが真剣に受験に打ち込めば打ち込むほど、自分の中でのストレスが溜まってくる。
――異性への感情――
 人のことなど構っていられないほど受験が近くなってくると、隆二は自然に自分の感情を押し殺すようになっていた。
 そのことを分かっていたのは斉藤くらいだったに違いない。
 斉藤はどんな時でも慌てない。余裕のある表情を浮かべているが、見ているだけで安心してくる。だが、切羽詰った状況に追い込まれた時に見る余裕のある表情というのは、却って苛立ちを感じるものだ。そんな感情は当時は分からなかった。それを感じたのは後になってからである。
 最初に夢に見たのはいつだっただろうか? 五月病に掛かった時だった。五月病に掛かると、すべてがマイナス思考になってしまって、下手に動くのが怖くなる。そんな時に嫌な夢を見ることもあったが、それが高校受験前の異性への感情を抱いた時に感じた苛立ちだったのだ。
 初めて自分の感情を押し殺そうとした時、だが性格的に押し殺そうとしても顔に出てしまうことへの苛立ちがジレンマになったのも事実だ。そして斉藤の余裕の表情に感じた苛立ち、すべてがマイナス思考だった。
 その時には感じなかったが、夢で見ることで五月病のマイナス思考にさらなる追い討ちをかける。だが、その追い討ちも五月病を患っている時期だけで、治ってしまうと忘れ去ってしまった。
――喉元過ぎれば熱さも忘れるとはこのことだな――
 と感じたものだ。
 高校入学までは何とかなったが、高校二年生になる頃に今度はまわりが落ち着いてくる。自分の異性への思いがピークになったのが、ちょうど高校二年生くらいだっただろうか。その頃のことは後から考えなくともハッキリとその時に意識していた。
 実際に気になる女性がいたからだ。
 相手はまったく隆二を意識していなかったようだ。何気なく見ているつもりでも、視線は気がつけば彼女に向いていた。
 いつも一人で静かに佇んでいるところしか見たことがない。友達と話していて時々見せる笑顔も、
――本心からの笑顔なのだろうか――
 と感じるほどで、目立つという言葉を真っ向から否定する存在だった。
 人と目を合わせることもなく、まるで石ころのような存在の彼女を教室以外で見てみたいと思うようになったのは、いかにも隆二らしい。気になる人の存在が自分の中で見る見る大きくなっていく感覚が心地よいことを初めて知った。
 気がつけば成績が下がっていた。もちろん彼女を意識するからだったのだろうが、その時は理由が分からなかった。成績が下がったこと自体、それほど大袈裟に考えていたわけではなかったからだ。
――また勉強すればいいさ――
 勉強が嫌いというわけではなく、かといって自分の成績をそれほど深く考えていたわけでもない。極端に下がらなければいいと思っていた。
 しかし、心の奥では違った意識を持っていたに違いない。
 後になって見る夢は成績が下がったことと、女性を意識する自分がジレンマの中で今後を考えている姿だった。
 やはり隆二はその時にはあまり意識していなくとも、後になって潜在意識が思い出させる性格なのかも知れない。夢がそれを教えてくれるのだ。
 教師を辞めるまでに相談した相手は斉藤だけだった。
――何て言われるだろう――
 不安がなかったわけではない。いつも自分に厳しい斉藤のことなので、親しい友達に対してもそれなりの厳しさを持っているはずだからである。
「君が自分で決めたのなら、それでいいんじゃないか」
 他人事のように言われたが、却ってきつく感じる。その返事を聞いた時、顔が熱く火照って顔を上げることすらできなくなっていた。
「何もそんなに緊張しなくてもいいじゃないか。君が相談してくるってことは、もう大体自分の中で決定していることなんだろう?」
 目からウロコが落ちた瞬間だった。あまり今まで意識することはなかったが、今まで人に相談することなどなかったのに斉藤にだけは相談してきた理由は、きっと知らず知らずのうちに自分の中で結論を決めていたからに違いない。そこまで見抜かれているのは嬉しい反面怖さもあった。
「どう思う?」
「君が決めていることなら別にいいと思うよ。でも、これから先はどうするんだい?」
 そこまでは決めていない。今の世の中まだまだ不景気で、そう簡単に就職があるとは思えない。教師をやっていて一般の会社に勤めるのはいかがなものか、あまり自信の持てることではない。
「うちの会社に来るかい?」
 斉藤は田舎で親の会社を継いでいた。まだ二十代後半なのに、取締役の肩書きがある。都会に出ない理由は親の会社の後継者になるかどうかで悩んでいたはずなのに、すぐに結論を出した斉藤は、さすが経営者の血筋といえるだろう。
「決断力って大切なんだよ。一足す一が二で終わらないんだ。終わらせてはいけない世界なんだね」
 また算数の話を思い出した。
「だけど算数が好きな君だからできることもあると思うんだ。どうしても結果だけが求められると思われる社会では、プロセスがいかに大切かを忘れないことも重要なんだよ。そういう意味では君には期待している」
 すでに友達としての会話ではない。経営者と従業員の会話である。それだけ田舎から出てきてからの歳月の長さを感じさせられた。
 斉藤の会社は、地元でも中小企業にあたり、従業員が数十人という少数精鋭の会社である。その中で営業のメンバーが四人、二十代は一人もおらず、若くとも三十五歳だった。
「どうも皆年上なので、なかなか難しいよ」
 と話していたが、斉藤ほど気を遣う性格であれば、気にすることもないはずだ。
 中学時代、一匹狼のようなところのあった斉藤を思い出していた。きっとあの頃に会社を継ぐかどうするかを悩んでいたのかも知れない。自暴自棄に感じることもあったが、それも隆二だから感じたのであって、他の人なら感じることもなかったに違いない。
作品名:短編集93(過去作品) 作家名:森本晃次