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ドーナツ化犯罪

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「そんなものかな? そういえば、その犬の飼い主の人たちは皆、イヌをいさめているような感じじゃなかったな。やめなさいとはいっていたけど」
「そうでしょう? きっとワンちゃんたちは、俊一さんが優しい人だと思ったからじゃれ合いたいと思って向かってきたのよ。子供だったらそこまでは分からないから怖いと思うんでしょうけどね」
 と綾音は言った。
「なるほど、言われてみればそうかも知れないな。いや、今思い出したらそんな気がしてきた」
 そう言って目はプチを見ていた。
 プチはその目を見て、明らかに嬉しがって、猛烈に尻尾を振っている。まるで扇風機のようだ。
「ほら、プチだってそうだって言ってるでしょう。プチがこんなに嬉しそうに尻尾を振るの何てあんまり見たことはないわ。餌やおやつを上げる時でも、こんなことないものね」
 と言って、ニコッリ笑い、こちらもプチを見た。
 プチとしては、二人のどちらを見ていいのか分からず、顔を左右に振っていた。実に可愛らしい。
 それを見て、綾音さんが俊一に近づいてきた。
「私たちがこうやって近くにいてあげると、プチもどっちを見ていいのか困ることはないわ」
 と言って、腕が触れ合うくらいのところまで綾音は近づいてきた。
 綾音としては、実に思い切ったことをしたものだ、彼女にとっては、冒険活劇並みの心境だったに違いない。
 俊一の方も、目の前の綾音とプチを見ながら、さっきまでプチにばかり気を向けてしまって綾音をついでのように見てしまったことを後悔していた。
――これって、恋なのか?
 と俊一は思った。
 彼も今まで好きになった女の子はいたが、実はまだ正式に女性と付き合ったことはなかった。ただ、童貞ではない。大学生の時に、
「儀式」
 は済ませていたのだ。
 それでも、綾音がそばに近づいてきた時、
――この感覚、初めてではないかも?
 まさか、あの儀式を思い出しているわけでもあるまい。
 それよりも、今まで自分が妄想してきたことが現実となり、妄想と現実の境目が分からず、感覚がマヒしていたのかも知れない。
 俊一に近づいてきた綾音にしてもそうだ。今までではあり得なかったことを、自分からしているのだ。
――やっぱり私は彼のことが好きなのかしら?
 と感じた。
 今日、何度感じたことだろう。しかし、何度でも感じていたい感情であり、次第にそれが現実味を帯びてくることを感じていた。
 静かな部屋に何か耳鳴りのようなものを感じた。最初に感じたのがどちらだったのかは分からないが、すぐに二人とも、
――相手も同じように感じているんだ――
 と思い、感動していた。
 耳鳴りは次第に心臓の鼓動に変わっていき、郷里の短さが暖かさに変わっていく。肌が触れるか触れないかという微妙な距離が、その距離を取った綾音が、二人の気持ちよさに繋がっていくなど、想像もしていなかった偶然であったのだ。
 その偶然を俊一がどう感じるかは俊一自身の問題で、俊一は作為的だと思ったようだ。
 俊一が綾音を緒だし決める。
「ああ」
 と綾音は思わず声を出す。
 この声は快感からではなく、それまでの息苦しい雰囲気の中で勝手に漏れてきた声であり、意図しての声ではなかった。しかし、すでに快感を貪るような気持ちになっている俊一には、きっと何を言ってもいいわけでにしか聞こえないだろう。
 綾音の態度はそれほど俊一に対してあざとく感じられたに違いない、
 あざといと言っても、わざとらしさではなく、その行動が自分を制御できなくなるまでにさせてしまったという意味でのあざとさであり、綾音に罪はないと思っている。
――そうだ、こういう時は、男が「悪者」になってしまえばそれでいいんだ――
 と思った。
「今の状況なら、自分が悪者になったところで、彼女が抗うことはない」
 という根拠のない自信が俊一にはみなぎっていた。
「私はどうすればいいの?」
 綾音はそう思っていたが、綾音が考えるほど、状況は刻一刻と進んでいた。その状況を一つ一つ説明するのは億劫であり、あまり意味のないことなのかも知れないが、心の動きはその瞬間ごとに変わっていたような気がすることだけは間違いないようだった。
 それでも、二人の気持ちがどんどん近寄ってきたのは間違いない。いつの間にか唇が重なっていた。綾音は震えていたが、俊一は震えていない。もし綾音が震えていなければ、俊一の方が震えていただろう。
 俊一は綾音のその震えに感動していた。その震えを怖さからではなく、感動からだと思ったからだ。さらに唇を吸うと、綾音は拒むことなく、同じように唇を求めてくる。もう間違いない、綾音は俊一を求めているのだ。
 そんな二人を、きょとんとした様子でプチは見ていた。
「一体、何やってるの?」
 とでも言いたげな雰囲気で、顔を逸らすこともなく、盛り上がっている二人をまるで空気のように見つめていた。
 何とも滑稽な光景でもあったが、もし、これが新婚夫婦であれば、当然の光景と言ってもいいだろう。
 俊一は、綾音の部屋にいながらまるで自分の部屋にいるかのような錯覚があり、まったくそこに違和感はなかった。
 キスが始めるまでは、一気に進んでいたと思った時間が、キスが始まると、今度はゆっくり進み始めた気がしていた。この感情は綾音の方に強く、俊一はむしろ時間の感覚は次第に薄れてくるのを感じていた。
 それは、俊一の方が次第に落ち着いてきたからであり、綾音も自分なりに落ち着いているつもりだったが、どこか興奮が収まらないのは、そこが自分の部屋だという思いがあったからではないだろうか。
 この部屋には、余計なものはあまり置いていない。俊一が最初に入ってきて感じたことだった。
 俊一の部屋も、なるべく余計なものはおかないようにしていたが、それでもなかなか捨てることのできない性格であるため、たまに掃除をする時も、本来なら捨てるものが捨てられずに残ってしまい、少しずつではあるが、荷物が増えていったような気がする。これも性格的な問題なのでしょうがないとは思うが、他人の部屋に入って余計なものがないことに気付くと、やはり自分には整理整頓ができないのだと感じさせられてしまった。
――こんな人が奥さんだったら、安心なんだろうな――
 と、この時綾音のいいところを一つ見つけた気がした。
 しかし、もし綾音と付き合うようになったり、結婚でもして、他人から、
「彼女のどこが一番好きなんですか?」
 と聞かれたら、
「整理整頓が上手なところ」
 と答えるかも知れない。
 もちろん、これは照れ隠しの一つなのかも知れないが、それだけ整理整頓緒できる彼女に感動していたと言ってもいい。
 しかもそれを発見した日が、初キッスの日だったというのが印象的であった。その印象があるからこそ、俊一は本当に彼女を好きになれたのだろうと、あとになっても、その思いは変わらない気がするのだ。
 綾音の唇は柔らかかった。
――女性の唇って、こんなに柔らかいんだ――
 たとえは悪いが。まるで梅干しの皮のような感じだと思ったのは、そこかおかしな感覚だったのだろうか。
「ねえ、俊一さんは、心細くなったりすることってあるの?」
 と綾音が聞いてきた。
作品名:ドーナツ化犯罪 作家名:森本晃次