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ドーナツ化犯罪

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 この笑顔が二人を急接近させた。
「よかったら、うちの子に遭っていってもらえませんか?」
 といういきなりの綾音からの誘いにビックリした俊一だったが、断る理由などあるはずもなく、
「ええ、それはもう。嬉しい限りです」
 この誘いを聞いて、
――そうか、この間断ったのは、イヌのことがあるからか、そうでなければ一緒に食事できたかも知れないな――
 と感じた。
 嬉しさと安心が一緒に来たことで、俊一の方がより彼女に対しての親近感を持った。俊一にとって、今までに女性を好きになったことがなかったわけではなかったが、この時の感情は間違いなく綾音を好きだと思った瞬間だったに違いない。
 最初は犬をダシに使ってでも仲良くなれればいいと思っていたのだが、今は犬をダシに使おうなどとした自分が恥ずかしい。そんなことをしなくとも、お互いに惹かれあっているような気がしているのは、無理もないことだった。
 逆に綾音の方が、彼との距離を縮めるのに、プチを利用していた。
 女性というものは、意外とこういう時現実的で、飼い犬であっても、自分のために利用しようということに、案外抵抗などないものだった。
「プチがいてくれてよかった」
 と綾音はそう思うのだった。
「プチ、こっちにおいで」
 と、俊一がいうと、尻尾を振りながら寄って行った。
 母親にも馴染んでいたし、基本的に人見知りはしないのだろう。だが、綾音が思うのは、
「私の部屋で育っていて、私と同等くらいの立場だと思っているのかも知れない。だから自分の城に遊びに来た人で、しかも自分が一番慕っている私が連れてきたのだから、絶対安心だという計算があるのかも知れない」
 と思った。
 その想像はおおむね当たっているのではないだろうか。ずっと家の中にいて、表に出るとすれば、綾音が散歩に連れていくくらいだ。さすがに毎日というわけにもいかないので、完全に満足はしていないかも知れないが、それだけほとんどが家の中での生活である。
 しかも、昼のほとんどは綾音はアルバイトに行っていて部屋の中ではプチ一匹がいるだけだった。誰かが表を通りかかっても、ほぼ反応しない。さすがに小さい時から一緒にいることで分かってきたことなのだろう。
 おかしな人が入ってくることはない。マンションはオートロックなので、よほど狙いすまして、他の人が入った時、一緒についてでも入らない限りは難しいだろう。
 管理人さんがいるにはいるが、呼び鈴を押して、管理人も呼び出さなければならない。呼び出された管理人は基本的に怪訝な顔をするに違いない。そうでなければ、管理人も務まらないというものだ。
 綾音の部屋に管理人を通して入れてもらったのは、母が最初で最後だった。管理人さんには前もって話をしておいたので、留守の間に入ることは周知のことであった。
 綾音がラブラドールを飼っていることは管理人も分かっていることで、散歩に出かける時も、いれば頭を下げて挨拶をしていた。
「プチもよかったね。お散歩楽しんでおいで」
 と管理人さんには名前も教えていた。
 そう家われてプチも嬉しそうに尻尾を振りながら、下を出して、息をハァハァと吐いている。時々鼻が乾かないように舌で舐めているその姿も可愛らしくてたまらなかった。
 そんな管理人も、二階の俊一と三階の綾音が偶然綾音のバイト先で出会い、仲良くなっていることなど知る由のなかった。誰も知らない仲を育んでいくことに、綾音は静かな喜びを感じていた。それは妄想に近いものであり、今までの自分にはなかったものであることも理解していたのだ。
 同じ号数の上と下の階なので、間取りが同じなのは当然だ。奇数と偶数の部屋とでは(四番はないのでそこは飛ばすことになるので、奇数、偶数は決して部屋番とは一致しない)間取りが左右対称になっている。そんなマンションは珍しくもなく、最初は分からなかったが、ベランダ越しに部屋の様子を見ていると、どうやらそうなっていることは歴然であった。
 綾音は結構鋭いところがあった。頭がいいというよりも頭の回転が早いというべきか、ひらめきがあり、とんちやなぞなぞが得意であった。
 学生時代など、サークルでの行事の中で、なぞなぞ遊びがあったりすると、いつも最初に答えていたのは綾音だった。
「あなたは、結構鈍いところがあると思っていたけど、こういう発想とかになると、鋭いところがあるのね」
 と、皮肉とも取りかねない言われ方をしていたくらいだ。
 皮肉であっても、鋭いに越したことはない。頭がいいと言われているのと同じなので、気分はまんざらでもなかった。自分でもなぞなぞは得意なんだと思っていたので、推理小説などを読めば、謎解きも得意だったりするのかも知れない。
 俊一を部屋に招いて最初は差し障りのない話をしていた時、彼が本を読むのが好きで、ミステリーが好きだという話になった時、二人は、
「やっと共通の意見が合いそうな話を見つけた」
 と思ったに違いない。
 ミステリーはあまり読んだことのないという綾音に対して、ミステリーに造詣が深い俊一は、自分が読んだミステリーで面白そうな話を聞かせていた。
 そのうちに、
「僕がストーリーのあらかたを話すので、犯人やトリック、そして動機などを言い当てるようなクイズ形式にしようか?」
 と提案してきた。
「ええ、いいわよ」
 綾音もだんだんその気になってきて、気持ちとしては、望むところであった。
 ここで頭のいいところを見せつけて、相手よりも優位に立ちたいという思いがあったのだろう。他の女の子であれば、あまり頭がいいというイメージは嫌だと思う子もいるので、綾音の考え方は、一般的ではないのかも知れない。
――なるほど、推理小説が好きだというだけのことはある。これだったら、なぞなぞもさぞや得意なんだろうな――
 と俊一が感心するほどであった。
「僕は大学時代に、ミステリー同好会に所属していて、自分でも少し書いてみて、同人誌にも載せてもらったことがあるんだよ」
 と俊一がいうと、
「それはすごいじゃない。作家さんになれるかもよ?」
 と少し茶化した風にいうので、
「それ、本気で言ってる?」
 と笑って答えると、
「バレちゃった?」
 と言って、小さく舌を出した。
 可愛らしい素振りではあるが、これが皮肉だと思うとさすがに少しショックだった。彼女はあまり皮肉など言いそうにないような気がしたからだ。だが、逆にそんな彼女が皮肉をいうということは、それだけ俊一に気を許しているとも言えるので、俊一としては複雑な気持ちだった。
「綾音ちゃんも書いてみればいいのに」
 初めて、「綾音ちゃん」と呼んでみた。彼女がどのような反応を取るのか、ドキドキしていたが、彼女は別に気にすることもなく、
「私? そうね、作文は嫌いじゃなかったので、書くことも嫌いじゃないと思うの、でも書いてみるという機会もなかったし、その気にならなかっただけなんだけどね」
 というので、
「だったら書いてみればいい。僕だって、最初は皆から書けばいいって言われて、戸惑ったんだ。でも、お前の発想は面白いからきっと書けると言われたんだよね。俺ってお世辞に弱いからな」
作品名:ドーナツ化犯罪 作家名:森本晃次