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ドーナツ化犯罪

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 と兄は言ってくれるが、どうも奥さんの方が少し気にしているようだ。
 親と一緒に過ごすだけでも気を遣うのに、妹がまだ結婚もせずに家にいれば、それは気も遣うだろう。本当は家を出て行きたくなかったが、義姉の手前、出て行かざる負えなくなり、両親も、
「すまないね。できるだけのことはさせてもらうからね」
 と言って、仕送りを家賃分くらいは送ってくれた。
 さらに、家が農家ということもあり、野菜には困らない。食費として野菜代がいらないのは結構助かっていた。
 だから、これくらいのマンションに住めるのだ。
 だが、彼女は寂しがり屋だった。その影響からか、一人で暮らしていて寂しくなったら、果てしなく落ち込んでしまうのが分かっていたので、
「何かペットがいれば」
 ということでペット可のマンションを探した。
 最初は通勤していたが、電車での通勤ではなかったので、少々駅から遠くてもいいという意識もあり、不動産屋さんからここを紹介してもらったのが、三年前だった。
 二十二の時に初めて一人暮らし、
「さて、ペットは何にするか?」
 と考えた時、
「イヌにしよう」
 というのは最初から決めていた。
 ネコも嫌いではなかったが、寂しがり屋の自分には、イヌの方がいいと思い、イヌにすることは結構初めから決めていた。
 どの種類にしようと思い、まずペットショップに行ってみた。
 イヌに関しては少々だが知識はあったので、考えながら見ていた。
「最初に気になるのは、誰もがそうであろうが、まずは小型犬である。目についたのは、ポメラニアンだったり、シーズーなどであった。
「マルチーズやテリア系の犬もいいな」
 と思って見ていると、その向こうにこちらをじっと見ているちょっと大きめのイヌがいた。
「レトリバーかしら?」
 耳が少し垂れていて、花が特徴に見えるその顔は、何かボーっとしていて頼りなさそうに見えた。だが、その目でこちらを見つめられると、綾音はその子から目が離せなくなった。
「あれは運命だったんだわ」
 と思ってしまうほど、お互いにじっと見つめ合っていた。
 その二人の間には誰も入り込むことができない空間があり、
「きっとこの女性はこの子を買ってくれるだろう」
 と店も思ったに違いない。
 二十歳過ぎの女の子が一人でやってきて、イヌと運命的な出会いをしたのだから、店の人がそう思ったのも当然かも知れない。
「この子は、レトリバーですよね?」
 と、店員さんに聞いてみた。
「ええ、ラブラドールです。メスですけど、愛嬌があって可愛いでしょう?」
 と言っていた。
「でも、大型犬ですよね。マンションではペット可なんですけど、大丈夫でしょうか?」
「ええ、もちろん大丈夫ですよ。ラブラドールは家で飼っている人もたくさんいます。何しろこの子たちは、盲導犬として使われていたり、警察犬としても採用されていますからね」
 という話に、綾音は飛びついた。
「それはすごいですね。この子は本当に賢い子なんだ」
 と言って、ガラスごしに頭を撫でるふりをすると、イヌの方も綾音の方に寄ってきて、ガラスにスリスリしているようだった。
「本当に可愛いわ」
 その子をその日のうちにペットショップから買ってきた。一緒にその子を育てるうえで最低限に必要なものを一緒に買いそろえることも忘れなかった。
 それからしばらくは、この子のために、少しずついろいろなものを揃えていき、それが毎日の楽しみとなった、
「母親ってこんな気持ちなのかしら?」
 と、初めて親の気持ちが分かった気がしたが、やはり自分のお腹を痛めて生んだ子ではないという意識だけは持っていた。
 それでも、少しずつ慣れてくるこの子を見ていると手放しに可愛い。朝出かける時は後ろ髪を引かれるような思い、パートで仕事をしながらでも、たまに考えすぎてしまい、簡単なミスをするのもご愛敬、すでに気持ちは犬に向いていた。帰宅途中に立ち寄るペットショップがまた楽しみで、
「今日は何を買ってあげよう」
 と、そればかり考えていた。
 部屋に帰ると、エレベータを降りて、廊下に一夫足を踏み出しただけでも分かるのか、姿も見えていないのに、靴音だけでビクッときて、玄関の前でお座りしてちゃんと待っている。
「この子、私の足音が分かるんだわ」
 その証拠に、一度母親が遊びに来た時、この子を見ていてくれて、他の人が廊下を歩いている時はまったく反応しないのに、綾音が帰ってきたのは分かるみたいで、それまで伏せて眠そうにしていたのを、いきなりビクッとさせて、尻尾フリフリ、玄関先に急いだという。
「本当にこの子、かしこいわね。あなたの靴音、最初の一歩で聞き分けられるのよ」
 と言って感心していた。
 綾音も満足気味に、
「そうなのよ。まだこんなに小さいのに、本当にかしこい子なんだって私も感動しちゃうのよ」
 と、母親と一緒に感心していた。
「プチは大人しくしてた?」
 と綾音が聞くと、
「ええ、とっても大人しくて、逆に番犬には向かないんじゃないかってくらいだったわ」
 と母親がいうと、
「そんなことはないわよ。この子は警察犬としても使われている種類なのよ」
 というと、
「へえ、そうなんだ。私は盲導犬のイメージが強いけどね」
「狩猟とかに使われていたので、そのあたりも結構機敏なイヌなんじゃないかって思うの。今はこうやって慣れちゃって、普段はいつもボーっとしているように見えるけどね」
 と言って、プチの方を見下ろして、ニコリと笑うと、プチは、綾音が何を言っているのか分からずに、ポカンとしていた。
 それがまた母性本能を擽るというのか、実に可愛いのだ。
「まだ、子犬だけど、成長すると大きくなるんでしょう?」
「ええ、盲導犬をイメージしてくれればいいと思うけど、腰くらいまでは来るんじゃないかしら?」
「どれくらいで成長するの?」
「二歳くらいまでには成長が完了すると言われているわ。そろそろ一歳を迎える頃なので、あと一年あるかないかくらいかな?」
「じゃあ、次に来る時は、もう大きくなっているかも知れないわね。でも、その前にもう一度くらいは小さな頃のこの子を見ておきたいって気もするわね」
 と母親がいうと、
「そうね、ちょくちょく来てくれれば、この子も見ることができるわよ」
「うん、娘が二人できたような気がして、これも楽しみだわ」
 と言って笑っていたが、母親は確かに綾音を育ててくれたことは間違いのないことであり、プチをひょっとすると、子供というよりも、孫のような気がしているのかも知れない。何しろ、自分のお腹を痛めて生んだ子ではないからだ。
「でも、本当にこの子を見ていると癒されるわね。嫌なことがあったとしても、すぐに忘れてしまえそうな気がする」
 と綾音がいうと、
「うちでも犬を飼おうかしら?」
「どうして飼わないの?」
 と聞くと、
「さやかさんがイヌ派だめなようなの」
 さやかさんというのは、義姉のことである。
 綾音の家族は基本的に皆イヌが好きだったが、新しく家族に加わった人がイヌ嫌いでは、さすがに飼うことはできないのだろう。
「ネコもダメなの?」
 と聞いてみると、
「ネコはね。お兄ちゃんがダメなの?」
作品名:ドーナツ化犯罪 作家名:森本晃次