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ドーナツ化犯罪

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「そういう意味でも、彼女、綾音さんの主治医だった神経内科の医師というのも、何かこの事件に関わっているようにも思えるね。関わっているというか、何かの役目のようなものなんだけどね」
「言われてみれば、そんな気もしてきました。確かに医者というものは聖人君子のようなものであり、犯罪に一番加担しないだろうという思いがあるのも事実で、それは自分の願望から来ているものにも思えますね。関わっていてほしくないという願望があればこそ、どうしても医者に意見を求めると、医者の話は鵜呑みにしてしまうところがある。考えてみれば、医者だって人間だったりするんですよね」
「それは、刑事だって一人の人間だという考え方と同じだろう」
「その通りですね。他には何か分かったり気付いたことはありませんか?」
「一つ気付いたというか、気になったのが、密室というキーワードだね」
「と言われますと?」
「密室トリックというのは、結構よく探偵小説では使われてるよね。先ほどの顔のない死体のトリックのようにね。密室トリックというものの特徴は、基本的には不可能なことなんだよ。つまり、戸締りもされていて、その部屋の中で誰かが殺されている。カギは殺された男が持っていた李、合鍵は部屋の中にあるとかね。そういうものだろう?」
「確かにそうですね」
「でも、密室もいろいろ段階を踏んで考えてみるんだよ。基本は、不可能なことは起こり得ないという発想を元にね。まず考えることとしては、自殺だったのではないかという発想。自殺であれば、密室という発想は関係ないからね。でも、凶器が別の場所にあったり、自殺ではありえない状況で死んでいた李すると、殺人になってしまう。そうなると、犯人がいて、その犯人はどうやって密室から出たのかという問題になってくるんだ」
「ええ、それが第二の段階になるんでしょうね」
「その通り。で、僕はまた別の探偵小説を思い出していたんだけど、その密室の内容は、残念ながら、今は覚えていないんだけど、その時に言った探偵の言葉が印象に残っているんだ」
「それはどんな言葉だったんですか?」
「それは心理の密室という言葉だったんだけど、密室殺人を心理で成し遂げようとしたということなんだと思うんだ。それも密室の謎の中では大きなものであるのではと思っているんだ」
「どいう意味なんでしょうね」
「密室というのは、何も殺害現場だけを密室として定義することもないと思うんだ。たとえば、金庫の中に何かを仕舞うというのも一つの密室だよね。つまり凶器になりそうなものがあり、それを使われたくないからということで、三人で立ち会って、金庫にその凶器を隠す」
「三人?」
「一人は、実際に凶器を金庫の中に書くし、そしてカギを閉め、そのカギを持っている。そしてもう一人はダイヤルの番号を知っていて、他の二人はまったく知らない。そしてもう一人はまったく金庫を閉めたことに利害のない証人としての立ち会う人という三人だね」
「なるほど、そうしておけば、その時間以降は、その凶器は完全な密室状態にあったことになる。だからもしその凶器がその後に使われたとすれば、こkれも一種の密室殺人となるわけですね」
「その通りだ。そうやって考えていくと殺人事件を解くというのは、どうやってこの不可能を可能にするかということなんだけど、ある意味密室というのは、作られたものがほとんどだろう? そこが難しいと思うところでもあるんだ」
「それはまたどういう発想?」
「つまり密室なんかにしないで普通に誰かに殺されたという風にした方がいい場合もあるということさ。これも以前に読んだ小説だったんだけど、機械トリックで密室を作り上げたんだけど、この場合は自殺だったんだ。でも、自殺というのは本当は密室には合わない。自殺をする人が他殺に見せかけるためのトリックだからね。でも、それにしても、他殺と見せかけるのであれば、密室というのは矛盾しているんだよ。だって誰かに殺されたんだとすれば、偽装工作をすればそれでいいことじゃないか。つまりこの場合の密室は、犯人が作りたくて作ったものではなく、やむ得なく密室にしなければいけなかったという意味で、僕は怖さを感じたんだ」
「確かに言われることは分かります。密室にすると、謎は深まるけど、本来の捜査をミスリードすることは難しいですからね」
「そして密室というのは、さっきも言ったように不可能なことだというのが定説だろう? 不可能なことを可能にしようと思うと、考えられることは時間差の問題にしてしまうとかね」
「それは?」
「よくあるのが、死亡推定時刻をごまかすということさ。例えば部屋を暖めておくとか、氷を使うことで、実際の死亡時刻を前や後ろにずらすというやり方だよ。たぶん一般的な密室殺人に一番多く用いられているのというのは、この死亡推定時刻の錯誤というものではないだろうか? 先ほどの金庫の発想もそうだ。金庫に入れられた時間を動かすことは絶対にできないんだから、あとは死亡推定時刻の方を動かすしかない。つまり、ダメなものを押し通すのではなく、視点を変えるという意味でね。こっちの方がよほど開けることのできない金庫をこじ開けるよりも簡単なことだ」
「その通りですね。死亡推定時刻が変わってくれば、ある意味、根底から事件がひっくり返る可能性もありますよね」
 と門倉刑事がいうと、鎌倉氏は興奮気味に答えた。
「その通りなんだ。今日の門倉君は冴えているじゃないか。僕もそれが言いたいんだよ。密室にこだわって密室に入るとでもいうか、迷路にも入っていないのに、同じところを繰り返しているように思うと、まるで迷路の中にいるように思う。それと同じ発想なんじゃないかな? 密室ばかりを見ていると視界が狭くなってくる。それがさっき話した、心理の密室という発想にも繋がってくるんじゃないかって思うんだ。確かに死亡推定時刻が違ってくればまず何が違ってくる?」
「それはまず、関係者のアリバイがめちゃくちゃになるでしょうね」
「そうそう、今までアリバイがあってまったく視界から消えていた人にアリバイがなくなってまたもう一度嫌疑に入れなければいけなくなるし、逆に灰色だった人が鉄壁のアリバイに変わる。つまり密室を作ることで、死亡推定時刻をごまかすということは、犯人にとって、アリバイを成立させることにもなるんだ。だから、誰かに普通に殺されたという単純な演出ではなく。密室を作り上げることが最大のトリックになるんだよ。この場合は、裏の裏が表になるという発想なのだろうね」
「なるほど、密室に対しての考えにもいろいろあることが分かりました。いい勉強ができたと思います。でも、今回のこの事件には当てはまらないような気はしていますが、どうなんでしょうね」
「今、僕が言ったのは、あくまでも可能性であり、考え方の一つという意味ですよ。だからこの事件に当て嵌めて考えてみて、合わなければ別の考えをすればいいと思っているんだ」
「でも、私には、この事件の密室は、最初から計画された密室のように思えるんです。別に誰かから殺されたということを偽装工作しているわけでもないですからね。そういう意味では、自殺というのもありなんじゃないかとも思うんですよ」
「だけど、凶器は公園にあったんだろう?」
作品名:ドーナツ化犯罪 作家名:森本晃次