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ドーナツ化犯罪

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 今回も鎌倉探偵は門倉刑事が持参した「事件簿」を手に取ってみていた。何やら頷いて見えたが、その様子はさながら、
「アームチェア・ディテクティブ」
 とでもいうべきであろうか。
 いわゆる安楽椅子探偵」
 と見ているようだが、鎌倉探偵は実際に捜査にも自分から赴く人であった。
 だが、時々門倉刑事の「事件簿」を見ただけで、事件のあらましを読み取って、足で稼ぐ捜査とは違う視点で見ることで、事件を解決へと導くことがあった。
 さすがにそこまで門倉刑事は求めていないが、鎌倉探偵であれば、我々に気付かないような捜査の糸口を見つけてくれそうな気がしているのだった。
「なるほど、込み入っているように思うけど、そうでもないかも知れないな」
「どういうことですか?」
「まず、最初に死んだ女性だけど、彼女はやはり自殺ではなかったのかな?」
「どうしてですか?」
「逆にどうして皆さんは、事故だとお思いになったんです? 考えられることとしては、遺書がなかったということくらいですか? それよりも、睡眠薬を飲んだ時、一緒に病院からもらった薬も飲んだんじゃないんでしょう? その薬は隣に置いてあった。それなのに、瓶入りの睡眠薬をわざわざ飲んだんですよね? 病院の薬にも睡眠薬だったり精神安定剤が入っているはずですよね。今までそれをずっと飲んできたのは、自分で病気を自覚して病院にいって、そしてその病気を治そうという意思があって、クスリも飲み続けている。それを分かっているのに、どうして急に瓶入りの睡眠薬に変えたんでしょう? そこの心理の変化が自殺だったんじゃないかと思ったんですよ。もし病院の薬が効かなければ、先生にいって、別の薬を処方してもらえばいい。いや、してもらうはずなのですよ。死ぬ意思のない人間だったらですね」
「なるほど、確かにその通りですね」
「彼女は自分が本当は襲われた時に、最後までされてしまったことをどこかのタイミングで知ってしまったんじゃないのかな? それを恥じて死を選んだ。もちろん、死を選ぶというのはそんなに簡単なことではない。少なくとも病気を治してやり直そうとしていたわけですからね。河村君という彼氏もできて、これからという時だったはずですよ」
「そうなんですよ。それもあったので、自殺には思えなかったんです。現場を見ても、何か不自然な気がしたんだけど、あれは何だったんだろう?」
「彼女は犬を飼っていたんだよね?」
「ええ、プチという名前のラブラドールレトリバーを飼っていました。とても大人しいイヌで、河村君にかなり懐いています」
「その河村君だけど、彼も殺されたんだってね」
「ええ、彼女が死んでから一週間も経っていませんでした。頸動脈を切られて壮絶な死でした」
「密室だったということだけど?」
「カギは合鍵を使ってあけています。前の日に隣の奥さんが深夜壁を叩くような音に目を覚まして、翌日気になったので、管理人に話に行ったそうです」
「注意してもらおうとしていったんですね?」
「はい、深夜にあんな音を何度も立てられたら、寝てはいられないということで、それは隣の奥さんからすれば、当然のことだと思います」
「それはそうだろうね。でも、その日、サラリーマンである河村君は出勤する様子もなく、隣に物音ひとつ感じなかった。それで気になってはいたと言っていました」
「それで合鍵を持って出かけていくと、ノックしても呼び鈴を鳴らしても返事がない。やはりおかしいということで、管理人の合鍵を使ってカギを開けると、暗い玄関からイヌが飛び出してきたというわけです」
「それが、綾音さんという女性が飼っていたラブラドールのプチだったわけですね?」
「ええ、その通りです。プチはいきなり表に飛び出して、まったく振り向きもせずに、ゆっくりではあったけど、走り去ったといいます。少し変だとは思ったけど、中が気になったので、急いで中に入ると、寝室であの惨状を発見することになったわけです」
「それで問題なのがいくつかありますよね? 第一にどうして、扉を開けたらイヌが出てきたか。そして、その犬はこちらを振り向きもせずに逃げ出すわけでもなく、ゆっくり去っていった。二つ目は、中の部屋にはすべてカギがかかっていて、まったくの密室だったということ。第三に、凶器はその場から消えていたということですよね。でも凶器は少ししてから、近くの公園で見つかった」
「そうなります」
「そして、もう一つ、殺された河村君の行動ですね」
「ええ、そうなんです。やつは彼女である安藤綾音さんに暴行したとされる用品店の男と揉みあいの喧嘩になっているのを目撃されているんですよね? そして、彼女が最初は最後までされたわけではないと思われていたけど、実際には最後までされてしまったことを彼も知ってしまったということですね」
「そうです」
「まあ、そのことからも、彼女が急に自殺をしたくなったとしても、そこに精神的な矛盾はないように思いますね」
「彼女の方なんですが、病院の先生はどのように言っていますか?」
「主治医に聞いてみたんですが。彼女は暴行されたことは早く忘れてしまいたいと言っていたようです。自分では何とかできているつもりなんだけど、身体と気持ちがついてきてくれない。それがトラウマのせいだとすれば、催眠療法でも何でも受けるので、何とかしたいように言っていたようです」
「それで催眠療法を施したんですか?」
「ええ、やったようですね。それは彼女をその時の自分に身を置くというある意味彼女にしてみれば、残酷なことになるんでしょう。何しろ、思い出したくもない記憶を呼びこそうとするんですからね。彼女の中での『忘れてしまいたい』という気持ちと矛盾しているんです。それを医者がやったというのも、実は僕にはよく分からないところなんですよ」
「ということは、医者は彼女に対して、患者以上の感情を抱いていたのかも知れませんね。ひょっとすると好きになっているのかも知れないし」
「それはあるかも知れません。医者と言っても一人の人間ですからね。それをどうこうは言えないと思います」
「ただ、医者である以上、必要最低限の守秘義務は絶対に発生するし、医者と患者としての知り得たことを自分の損得のためには使ってはいけないよね」
「もちろんその通りです。それは医者に限らず我々警察や、特に先生のような探偵の方がハッキリとしていることではないですか?」
「それはそうですよ。大きな報酬が掛かっていますからね。大きな報酬でなくとも、医者や公務員、我々職業探偵などは、守秘義務は必須ですから、私的感情とその守秘義務との間の葛藤は結構なものだったかも知れませんね」
「じゃあ、鎌倉さんは、この医者が何かの大きな手掛かりを握っていると言いたいんでしょうか?」
「十分にありうることだとは思いますね。少なくとも綾音さんと安藤君の二人を知っているという意味での少ない人物の一人ではありますからね」
 確かにそうである。
 事故なのか、自殺なのか分からないが死んでしまった綾音、そして綾音の死に関係があるのかどうなのか、密室の中で殺された河村、そして、彼女を襲ったと言われる用品店の男が河村とつかみ合いの喧嘩をしていた。そして、さらにその男も殺された……。
作品名:ドーナツ化犯罪 作家名:森本晃次