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ドーナツ化犯罪

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 と言って気になる写真を目にした門倉刑事は思わずその写真の女性を指差した。
「ご存じなんですか? この女性」
 と聞かれて、
「ええ、この人は先々週くらいだったか、マンションに自室で死体となって発見されました。睡眠薬を多量に飲んでいて、自殺か事故死か確定はできていなかったんですけどね。この人とこの用品店の男とは何か関係があるんですか?」
 と聞くと、
「被害者の一人ですね。どうやら、眠らされて気絶しているところを悪戯されてしまったようなんです。このくずに弄ばれた可哀そうな女性の中の一人なんですよ」
 と言われて、門倉刑事は、
――これってただの偶然なんだろうか?
 と感じた。
「実は、このくず男からナイフを買ったであろうやつに、殺されたと思われる男性が、この女の子の彼氏だったんですよ」
 と門倉刑事がいうと、所轄の刑事は、
「そうなんですか? でも偶然にしては出来すぎているような気もしますね」
「そうでしょう? 僕もそう思うんですよ。だから、どうもおかしいなとも思っているんですが」
「そういえば、このくず男と、最近店の前で揉めている人がいたって聞いたことがあったな」
 と所轄刑事は言った。
 もうこの二人の間でこの被害者への認識は「くず男」であり、それ以上でもそれ以下でもなかった。
 そもそも、それ以下というのはないという前提ではあるだろうか。
「揉めていたというのはどんな男性だったんですか?」
「何か若い男で、このくずに対して、かなり威圧していたようですよ。この男がくずだと知らない人は、まるで因縁をつけられていると思ったかも知れないですが、こんな男なら因縁くらいは普通のことなのかも知れないですね。ところで、その殺されたという男性の写真はありますか?」
「ええ、持っています。揉めていたのを見た人に見てもらえるとありがたいですね」
「もちろん、そのつもりですよ」
 二人は何もなかったことにして忘れようと言っていたが、最後の一線を越えられていたことを知ったことで、因縁でもつけに行ったのだろうあ。俊一の気持ちになれば、それも無理のないことである。
 その後、揉めていたという人に俊一の写真を見せたが、やはり日にちが経っているということもあって、証言も曖昧で、
「似ているといえば似ている気もするし、似ていないと言えば、似ていないような気もするし」
 という証言しか得られなかった。
 そうそう、あれから凶器についての精密な検査、および、被害者の解剖が行われて、分かったことをここに記しておかなければなるまい。
 まずは凶器であるが、公園に落ちていたものに間違いはないとのことだった。ルミノール反応も血液型のDNA鑑定も行われ、被害者のものであることは間違いないということになった。
 さらに解剖所見であるが、死因はやはり頸動脈を切断が致命傷であった。だが、一つ気になる点があったのは、被害者の身体からモルヒネが検出されているということである。しかも一度だけではなく、数回にわたって飲んでいたということである。モルヒネなどは、そう簡単に手に入るものではないので、その入手ルートも気になるところではあった。
 もちろん、捜査の中で、彼が麻薬中毒であり、その関係で殺されたと推理する人も出てきたので、今その線でも捜査が続いているが、どうやら、そちらの線からは何も出てこないようだった。
 それどころか彼にモルヒネを供与していた人物も浮かび上がってこない。医者関係者に彼の知り合いはいないようだったし、彼がそんなに医薬品に詳しいとも思われなかった。モルヒネに関しては、まったく彼の表の顔からは想像できるものではなかったのだ。
 そういう意味でも、この事件の謎はまたしても深まってしまった。モルヒネが果たしてこの事件に何か絡んでいるのか、そのあたりがまったく見えてこないのだ。
 そこへ持ってきての日用品店の男の絡みだ。ひょっとすると、この男を通してのモルヒネ入手だったのではないかと思い、今後の捜査に、このくず男の存在がクローズアップされることは間違いないようだ。
 ただ、揉めていたのが門倉には気になった。
 女の子が襲われたことでの揉め事なのか、それともモルヒネに関わることなのか、門倉刑事はどうにも暗礁に乗り上げてしまったようだった。
 もう、こうなると、あの人に意見を伺うしかないと思う門倉刑事だった。

                  鎌倉探偵

 門倉刑事は事件の資料を一通り作成し、鎌倉探偵のところに持って行った。
 ただ、鎌倉探偵は私立探偵であり、あくまでも依頼者があって、その依頼人のために動く探偵なので、今回は依頼人になれるであろうはずの二人ともがもうこの世にいないのだから、一緒に捜査というわけには行かないだろう。そうなると、なるべく分かりやすい資料を作って、それを見てもらい、意見をいただくくらいしかないだろうことは門倉刑事にも分かっていた。
 二人は事件のない時など、よくこの鎌倉探偵事務所のソファーにて、探偵談義をしたりしている中であった。
 お互いに尊敬しあうところは十分にあったので、意見を戦わせることは却って楽しく思うくらいで、たいていは鎌倉探偵の方が勝つのだが、門倉刑事は、
「この人になら負けても本望だ」
 とくらいにしか思っていなかった。
 その日は連日の捜査でもあまり有効な証言や証拠も挙がってこずに、悪戯に靴底を減らしているという状況でしかないということで、心機一転という意味で、捜査員は一斉に早い帰宅をすることになった。
 もちろんすぐに帰宅する人もいるかも知れないが、悶々とした気持ちを抱えたまま、飲み屋に直行し、行きつけの店のママさんやマスターに愚痴の一つでも聞いてもらおうという人もいただろう、
 門倉刑事はそんな野暮なことをするわけでもなく、」かといって帰宅する気分にもなれなかったので、ちょうどいい機会だからと、鎌倉探偵を訪れたのだ。
 門倉刑事の作る独自の捜査ファイルは、鎌倉探偵の所望するところのようで、
「君の資料は実によくできている、僕はありがたくいつも拝見させてもらっているよ」
 と言ってくれるのが、門倉も嬉しかった。
「何なら、ミステリーでも書いてみればいい」
 とおだてられることもあったが、実際にまんざらでもない気がしている門倉は、最近では独自の捜査資料を作って鎌倉探偵に見てもらうのが嬉しくなっていたのだった。その日の資料も毎日書き問えていただけのこともあり、作るのにさほど時間は掛からなかった。
「ということは、俺は最初から鎌倉さんに捜査してもらうつもりだったということなのか?」
 と感じた。
 実際にこのような事件は鎌倉探偵向きだ。ただ一つ気になるのは、どうも話が繋がっていないように見えるが一か所が瓦解すると、すべてが分かる気が知る、だが、逆に瓦解する場所を間違えると、全然違う結論を導き出してしまいそうだ。
 この話は以前鎌倉探偵が事件を解決してくれた時に話してくれたことだった。その時門倉刑事は、
「うんうん」
 と納得して聞いたはずだったのに、今では半分忘れかけている。
「危ない危ない」
 と、自戒に値することであった。
作品名:ドーナツ化犯罪 作家名:森本晃次