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ドーナツ化犯罪

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「催眠状態に入ると、人は無意識が優先されると言います。その無意識な状態に精神が集中された状態を作り出し、何かを植え付けようという治療ではなく、患者が本来持ち合わせているものを治療の文脈の中でご自身がうまく利用できるようにする試みを通して回復していただくことを目指しています」
 というものであった。
 それを聞いて俊一は、先生が何を考えているのか少しだったが分かった気がした。どうして綾音が先生を頼ろうと思ったかも分かった気がしたので、全面的に頼ってもいいと考えたのだ。
 治療は思ったよりもうまく行っているようだったが、それから少しして、俊一が想像もしていなかったことが怒ったのだ。それが、
「綾音の死」
 という事実だった。
 これが、自殺なのか、事故なのか、警察もハッキリとした理由までは分からなかったようだ。
 綾音が死んでいるのを発見したのは俊一だった。合鍵を持っているのだから、いつも彼女の部屋を訪れる時は、扉をノックするようにしている。それでも出てこない時は、ケイタイで連絡をするようにしていたが、その日、電話を入れてみたが、電話にも出ない。一つ気になったのが、もし、綾音が留守にしている場合、扉をノックしても中に誰もいなければ、プチはまったく反応しなかった。しかし、その日は俊一がノックした時、プチが扉の前まで来て、おそらくお座りをした状態で、扉をこすっていたのだろう。
「ガシガシ」
 という音が聞こえた。
「どうしたのかな?」
 不審に思いながらのケイタイでの連絡だっただけに、電話に出ないことも想定していたことに思えた。
 嫌な予感を覚え、俊一は合鍵を使って中に入った。玄関先にはいつものように綾音の靴が揃えておいてあった。部屋の中にいるのは間違いないだろう。
 プチはさっきまで玄関先にいたが、リビングに戻っていて、扉を開けて入ってきた俊一を見て、
「クゥン」
 と一言泣いた。
 それは甘える時の声ではなく、俊一も今までに聞いたこともないような悲しそうな声であった。俊一の嫌な予感は完全に的中しているかのようで、急いで中に入った。するとリビングのソファーの上でぐったりとなっている綾音を発見したのだった。
 テーブルの上にはクスリの瓶と、その横にグラスに半分くらい残った水が置いてあった。そこで最後に薬を飲んだのは間違いないようだ。
 俊一はクスリのラベルを見ると、それが睡眠薬であることはすぐに分かった。その瓶の横には病院の内服薬の袋があり、睡眠薬と病院のクスリを併用して飲んだのではないかということを想像させた。
 もうすでに死んでいることは見ただけでも分かったので、急いで警察に連絡したというわけだが、遺書は見つからず、神経内科のクスリと睡眠薬、その調合に間違いがあったための事故なのか、それとも自殺なのかが問題だった。
 神経内科に通院するくらいなので、何か問題がなかったか気にするのは当然のことであり、第一発見者の俊一が最初に取り調べられたのも当然だった。
「あなたの話で、大体のことは分かりました」
 と、言ったのは門倉と名乗る刑事だった。
 門倉刑事は、彼女のことを聞いてきたが、どうせ黙っていても遅かれ早かれ分かることなので、知っている限りのことを話した。
「そうですか。最後の一線を越えていなかったとしても、女性としては大変な精神的な重荷であったことは確かなんでしょうね。それでも神経内科にご自分で行く勇気があったというのはすごいことだと思います。私も商売柄いといとな被害に遭う女性を見てきましたけど、なかなか勇気など持てるものではないんです。それを思うと、彼女はすごいと思いますよ」
 と言っていた。
「自殺なんでしょうか?」
「まだ分かりませんね。自殺の可能性と事故の可能性は半々というところでしょうか。他殺というのは今のところ考えにくいですね。もし他殺されたとするならば、彼女が誰かに恨みを買っているなどということはご存じないですか?」
「私の知る限りではそんなことはありません。元々交友関係も少ない人でしたから、警察でお調べになるのも、それほど時間のかかることではないような気がします」
 と俊一は話した。
 状況から考えて、他殺はまずないだろう。争った形跡もなければ、無理やりの薬を飲まされたという雰囲気もない。実際に死亡したのは、前の日の午後十一時くらいというから、寝る前に飲んだと考えられる。発見したのは朝の八時過ぎ、誰かが入った形跡も防犯カメラには残っていないようだった。
 何よりも犬を飼っているのだから、不審者が入り込めばイヌが襲い掛かるはずである。いくら普段は大人しいと言っても、警察犬として飼育されているラブラドールである。まったく物音ひとつしなかったというのは、どう考えてもあり得ることではないだろう。
 俊一はそれを思うと、
「やはり、自殺か事故かのどちらかなんでしょうね」
「そうではないかと思います。ただ、遺書はないので、今のところ、事故の可能性が高いのではないかとは思いますが」
 と警察は言った。
 警察は、この後病院を訪ねるに違いない。
 病院でのききとりは俊一の話とは若干違っていた。一番違ったところは、綾音が襲われた時、最後の一線は超えていなかったというところであった。医者の話では、実際にはやはり彼女は最後までの行為を受けたものではないかというものであった。ただ。
「これは今となっては証明できるものではないので、信憑性には欠けますが」
 という話だった。
「河村さんとの話に少し食い違いがありますね。彼の話では最後の一線は超えていなかったのではないかと言っているんですよ」
 と門倉刑事がいうと、
「それはそうかも知れませんね。私も綾音さんの話で、てっきり最後の一線は超えていないと思っていましたので」
「それなのに、どうして分かったんですか?」
「私は彼女に、もちろん本人の同意を得てですが、催眠療法を試みています。催眠状態にしてその時の記憶を呼び起こして、何が原因で今の彼女があんなに苦しんでいるのかという本当の理由を知るためにですね」
「それで?」
「ええ、彼女の潜在意識の中で襲われた時の記憶が残っていて、その時の状態、つまりトランス状態に持って行ったんです。すると、極度の恐怖が彼女を襲いました。私の想像をはるかに超えたもので、これはただ事ではないと感じました。何とか抑え込んで彼女の興奮状態を収めたんですが、その時、彼女が最後の一線を越えられたんだって知りました。これであれば彼女の異常な精神状態が今もトラウマになっているのが分かるというものです。本人がどこまで自覚していたかどうか分からないんですが、きっとウスウスと感じていたのかも知れません」
「それで彼女はその男に怯えていたというわけですね?」
「それもあります。でも彼女は本当に優しい女性なんでしょうね。自分のことよりも、河村君に悪いと言って、必死になって自分が汚れてしまったことを悔しがっていました。
「私はこのことを河村君にいおうかどうしようか迷いました。彼女からすれば一番知られたくない相手ですからね。でも、彼は勘がよさそうだったので、分かっているかも知れないとも感じました」
作品名:ドーナツ化犯罪 作家名:森本晃次