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ドーナツ化犯罪

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 綾音は、次の日、俊一に遭わないようにしようと心に決めて、彼をなるべく避けていた。二、三日と何もなく過ぎて行ったが、さすがに四日目には彼の方が痺れを切らしていたようだ。
 合鍵を使って、中に入ってきた。さすがに差塩は、
「ごめんなさい。今日は」
 と言って、断りを言ったが、ここ数日の様子から、明らかに綾音のおかしな行動は、俊一の理解をはるかに超えていた。
「本来なら、こんなことはしたくないんだけど」
 と言って、彼は入ってきた。
 俊一が自分にも増して自分自身に対して正直者であることは、綾音にも分かっていた。だから余計に彼に遭うのが怖かった。
 それでも彼がやってきて、問い詰める。彼も少し尋常ではないように見えた。やはり二人は以心伝心、綾音がおかしければ彼もおかしくなる。それが本当は一番怖かった。お互いにブレーキが利かないのだ。
 本来ならどちらかがブレーキを掛けるのだろうが、掛けるとすれば立場的には彼なのだろうが、それができるわけではないほどに綾音のことを好きになっていて、その綾音の様子が変であることで、自分を制御できなくなってしまっていた。
 綾音は絶対に言わないと心に決めていたのだが、彼の様子を見ていると言わないとおさまりがつかないことを理解して、なるべく彼を刺激しないように話をしたつもりだった。
 それがよかったのか、彼の興奮は若干収まった。一時間もすれば、落ち着いてきて、
「ごめんね。辛いのは君の方だったのに、俺が取り乱してしまったなんて、謝っても謝り切れないね」
 と言ってくれたので、
「いいのよ。あなたがどこまで私のことを気にしてくれているということが分かっただけでも私はよかったと思うわ」
「そう言ってくれると、ありがたい。僕ももう少し冷静にならなければいけないのにな。これからは僕が君を守る。そう思っているから」
 と彼は優しく言ってくれた。
 その言葉が嬉しくて綾音は泣いた。
 その涙は決して屈辱からでも情けないという気持ちからでもない。彼に話すことができずにこのまま自分がどうすればいいのかと悩んでいた自分に対して、
「安心していいんだよ」
 という思いの涙だった。
 俊一は、
「なるべく、このことは誰にも知られないようにしよう。それでいいんだね?」
 と言った。
 綾音も、
「うん、誰にも知られたくなくて、一番知られたくないと思っていた俊一さんが私のことを分かってくれているので、これ以上の安心感はないわ」
 と言うと、俊一も安心しているようだった。
 プチは何も知らないかのように、部屋の隅でゴロンとなっている。ただ、いつもの二人とはどこか違うと思っているのだろう。決して二人に近づこうとはしなかった。一定を保ち、そこに何か結界でもあるかのような雰囲気に、プチよりも俊一が過剰に反応していた。
 綾音は当事者なので、精神的に一番きついはずなので、彼女を一番に考えなければいけない。
 俊一は本当は精神内科に連れていきたいと思っていたが、そこまでする必要はないかのような素振りをする綾音を見て、思いとどまった。
 なるべく病院のことは口に出さないようにしようと思っていたが、実際に気にしていたのは綾音の方だった。
 夜は相変わらず眠れない。うっかり寝てしまうと、怖い夢を見てしまって、飛び起きる。昼間は眠たくてパートに行ってもまともに仕事ができない。
 パート先からは、
「少しの間休んでもいいんだよ」
 とは言ってもらえた。
 もう数年も働いていて、フロアも任されているくらいなので、本当はいないと大変なのだろうが、いたらいたで邪魔になるのだろう。
 さすがに二度目のミスをした時、
「すみません。お言葉に甘えて、少しお休みをください」
 と言って、休みをもらった。
 一応無期限であったが、基本的には一か月くらいと見ておけばいいだろう。その間に何とか元の自分に戻さなければいけなかった。
 ここまでくればさすがに綾音も自分だけではどうにもならないと思い、神経内科の扉を叩いた。
 マンションからも、実家らも少し離れたところで、探していると、ちょうど以前お世話になった先生の助手が開業していて、そこに行ってみることにした。
「安藤さん、お久しぶりです」
 その先生は覚えていてくれた。
 綾音は何とかあの時のことを思い出しながら冷静に順序だてて話すと。
「大丈夫ですよ。それだけ記憶もハッキリしていて、冷静に話ができれば、心配することはありません」
 という。
「でも、どうも身体が言うことを聞いてくれないんですよ。夜眠れなかったり、するんです」
「それはPTSDと呼ばれるものかも知れませんね」
「それは?」
「心的外傷後ストレス障害、つまり強い外敵障害を受けて、それがトラウマになった時、実際に体験したことが時間が経ってからでも、よみがえってくるというような症状ですね。強いストレスです。いろいろな治療法がありますが、お薬であったり、催眠療法などですね。本当は一人で抱え込まないで、誰かと一緒に乗り越えられる気持ちがあれば、だいぶ気も楽になるんですが、そういったお相手はおられますか?」
 と言われたので、俊一のことを話した。
「それは心強い。その人と一緒に乗り越えていく気持ちがあるのであれば、何とかなると思いますよ。だけど、あなたがあまり彼に頼りすぎたりしないことも必要かも知れませんね」
 と言われた。
「分かりました。今度彼も連れてきてもいいですか」
 というと、
「ええ、もちろんですよ。私も会ってみたいし、一緒に考えていきたいです。とにかくまずは綾音さんがしっかりしてくることで、ある程度のことは解決します。そのために私も協力は惜しみません。ぜひ、彼にも同じ気持ちになってもらいたいものですね」
「ええ、本当に優しい人なんです。彼のためにも頑張りたいんです」
 何と、健気な綾音であろうか、この言葉をじかに俊一に聞かせてあげたいくらいであった。
 俊一と綾音はそれから数日後、病院に姿を現した。少し二人ともやつれている様子はあったが、半分はキリッとした表情で、心境は覚悟の上であろうことを思わせた。
「先生、彼がこの間お話させていただいた河村俊一さんです」
 と綾音が紹介すると、
「河村です。よろしくお願いします」
 と完全に顔は強張ってしまっていて、どうやら、神経内科の先生を相手にするのは初めてのようだ、
「こちらこそ、よろしくお願いします。河村さんは彼女の事情はご存じなんでしょうね?」
「ええ、本人からお話は聞きました。あれだけの経験をしたのだから、精神的にトラウマが残ってしまっても仕方のないことなのかもって思っています。今は、彼女のその苦しみを少しでも取り除いてあげて、次第に今までのように仲睦まじくしていけたらと思っています」
「分かりました。私の方でもできる限りの治療ができればと思っています」
 そう言って、その日の治療が行われた。
 その日は催眠療法を行ってみたようだが、それは、
作品名:ドーナツ化犯罪 作家名:森本晃次