短編集92(過去作品)
と思うことで、またしても我に返った。
――私はやっぱり女性なんだ――
情けない男を本心から情けないと思う。今までの郁子にはなかったことだ。
本当の男性、本当の女性というものを今まで考えたことはなかった。三郎のような男でも男性だと思っていたのだ。
三郎との楽しかった日々は頭の中から徐々に消えていくのを感じると、
「彼は昔のよかった頃にこだわろうとするんだけど、私は嫌なの。ある程度までは我慢できたんだけど、ある一線を超えると、もう我慢の限界だわ。きっと気持ちに遊びの部分がないのね」
と言っていた友達の話を思い出した。
女として、自分を裏切っていた男を見つめる。そこにはギリギリまで我慢していた自分の姿がシルエットのように浮かんでくる。
次第に冷静になっていき、自分が冷酷になっていくのを感じた。
三郎の気持ちを分かってあげようという思いがすでにない。ただ頭の中で反芻する言葉が響いている。
「君を知りたいと思うために、まずは自分を知ってほしいんだ」
と最初に三郎が話した言葉である。それを聞いて好きになったのだ。
楽しかった頃の思い出を思い出すことはできないが、そのせいで、彼を好きになったきっかけだけが、永遠に頭の中で反芻していくに違いない。
もう三郎の暖かい身体を抱くことはできない。冷たく硬くなってしまった三郎、あのあどけない表情は永遠に戻ってこない。
あの時の言葉だけが三郎と一緒にいた時の証なのだ……。
( 完 )
作品名:短編集92(過去作品) 作家名:森本晃次