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短編集92(過去作品)

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 その夜二人はぐっすりと眠っていた。お互いに夢を見ていたのだろう。郁子も気がつけば夢から覚めていて、見ていた夢の余韻に浸っていた。
 しかし、その夢の内容を一気に忘れさせられたのは、横で寝ていた三郎の寝言からだった。
「有紀子……」
 初めて聞く名前だ。一瞬何か分からなかったが、もう一度同じように、
「有紀子……」
 と小さな声だが、抑揚があって力強さを感じたのは気のせいだろうか。
 思わず叩き起こして聞き正そうと思ったのを必死で堪えていた。寝ぼけた状態で叩き起こし問い正しても、素直に答えるだろうか。
 郁子は三郎の最近見せる冷ややかな目を思い出していた。
――あれは他人を見るような目だったのかしら――
 と思いたくなるような視線だった。三郎にとって郁子はもう過去の女性なのだろうか。
 そういえば、最近の三郎を見ていて、
――少し変だな――
 と思うことが多くなってきた。そのことは実感していた。
 ひょっとして他に女性がいることに気付いていたのかも知れない。気付いていたのだが認めたくないという思いから、自分の中で考えたことを一瞬にして否定し、考えた行為すら忘れてしまおうと思っていた。
 そこへ持ってきての冷たい視線。ヘビに睨まれたカエルのように、気付いたことを忘れなくてはならないと思ったのも視線を感じているからだ。いつまでも自分に従順だと思っている三郎だが、相手も人間、いつ心変わりがあるか分からない。きっとそれを分かっていて普段から気にしていたに違いない。
――三郎に悟られないようにしよう――
 問い正したくなっても、必死で堪えることだろう。郁子はそんな女性である。
 郁子は自分が耐えることで、女性っぽい性格であると思っている。昔から男の浮気に対して女性は耐えるものだと思ってきた。耐えることがいいのか悪いのか分からないが、自分を女性だと思いたい郁子は、耐えることが自分を女性だと思うことができる唯一の手段であった。
――何となく寂しいわね――
 そんなことでしか自分を女性として感じることができないことを訝しく思っている。ベッドの中での自分はオンナであって、女性ではないと思っている。本能の赴くまま、これがベッドの中での郁子だった。
――男女の関係というより、オスとメスなのかも知れないわ――
 セックスを神聖なものだと思いながらも、行為に関しては本能が支配している世界である。だからこそ気持ちを燃やすことができると思っているのだ。
 身体を求め合うことだけが愛情ではないはずだ。もしそれだけであれば、嫉妬に狂っていただろう。女性が嫉妬に狂う姿、想像しただけでも気持ちのいいものではない。
 もちろん、嫉妬に狂う女性の気持ちが分からないわけではない。
――この人のために――
 と、恋愛の基本を尽くすことだと考えている女性がいたとしても不思議ではない。かくいう郁子も学生時代までは尽くすことが愛情表現だと思っていた。愛情表現のすべてが尽くすことだというわけではないが、母親を見ているとそう感じるのだった。
 父親に対してあまり逆らうことのなかった母親。建築会社に勤めていた父親は、職人気質の昔人間であった。三郎を見ていてどこか頼りなく感じるのも、父親を見ているからだと思えてならない。ギャップの激しさも魅力の一つになるのだ。
 だが、それも裏切りは絶対にないと思っていたからに違いない。安心しきっていて、そこに油断があったのだろうか。いや、男を見る目が備わっていなかっただけではないだろうか。
 だが、もし他に女性がいるとしても、郁子は三郎から離れることはできない。
――惚れてしまった者の弱み――
 とでもいうのだろうか、郁子には三郎から離れるという選択肢は考えられなかった。
 仕事もしないでブラブラと、ギャンブルばかりしていた男を見限るどころか、浮気をされてでも尽くそうとしている自分に悲劇のヒロインを見ているのかも知れない。母親を見ていて情けないと思いながらも、健気な姿に胸を打たれたのは、肉親というだけでは説明のつかない理屈がそこには存在する。
 三郎の方は郁子が知らないのをいいことにさらに甘えがひどくなってきた。甘えることで事実を覆い隠そうという意志もあるのだろうが、それだけではなさそうだ。郁子自身の性格に三郎は甘えを見せているに違いない。
 父親に従順だった母親を見ていて、情けなさからか、男っぽい性格になることを心がけていた。男性っぽさというよりも男っぽさである。女性が見ていて感じる紳士的な人は「男性」、男気のある人が「オトコ」と切り分けている。普段は紳士的でリーダーシップを感じさせる大人の雰囲気を漂わせていたが、三郎と一緒にいる時は男っぽさを醸し出していたことだろう。
 男っぽい性格になりたいと思った頃から、男の人の性格分析を無意識にしていたように思う。
 大学時代に好きになった人がいたが、その人は友達と付き合っていた。人のものを取るのは性に合わないと思っていた郁子だったが、気にはなっていた。しばらく付き合っていたようだが、何となく気まずい雰囲気になってくるのに気付いたが、どうやら男が浮気したのしないので揉めているという話を聞いた。
 男の方は、浮気をやめて元の鞘に戻りたいと願っているのだが、女性の方がなかなか許す気にならない。他人事として見ていてじれったさを感じていた。
「許してあげればいいじゃない」
 という意見もあれば、
「絶対に許したら駄目よ。男って一度許されればまた同じことを繰り返すものなのよ。懲りない動物っていうのは男のことを言うのね」
 という意見もあった。一概には言い切れないだろうが、後者は経験からの意見であっただけに説得力はある。
「甘えん坊なのよ。男性っていうのはね」
 これがその人の男性観である。
 当事者の二人は結局別れることになった。
「誰の意見を聞いたというわけじゃないんだけど、最後は後悔しない方を選ぶことにしたの」
 一番説得力のある結論である。人の意見はあくまで参考、自分の意見でなければ絶対に後悔することは目に見えている。
 しかし、いろいろ聞いていると、そこまでプロセスにはそれなりの考えがあった。一緒に呑みに行って話を聞かされたが、彼女は郁子が相手の男性を好きだったことなど知らないだろう。郁子は自分のことのように彼女の話を聞いた。
「彼は昔のよかった頃にこだわろうとするんだけど、私は嫌なの。ある程度までは我慢できたんだけど、ある一線を超えると、もう我慢の限界だわ。きっと気持ちに遊びの部分がないのね」
 車のハンドルにも遊びの部分がある。だからこそ余分な力がいらないし、事故にも繋がらない。
――融通が利く――
 というのはまさしくそのことだろう。
 郁子が三郎から離れることの選択肢を選べない理由は、彼女の男性っぽい性格にある。自分が男性っぽい性格だから、昔の楽しかった頃を思い出して、自分のところに戻ってきてくれるという感覚があるのだ。少し女々しい気がするが、そこが男性と女性の違いである。
 そういう性格をいかにも女性っぽい性格だと思っていた。しかし、それは違うのだ。以前に友達と話をした時に、
――不思議なものね――
作品名:短編集92(過去作品) 作家名:森本晃次