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短編集92(過去作品)

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――いつかは目を覚ましてくれる。元々真面目な人ですもの――
 という思いが郁子にはあった。
 タバコも酒もあまりしない三郎は、真面目な男であることには間違いない。それは三郎自身にも分かっていることで、郁子もそこが気に入ったのだ。
――結婚――
 という二文字を郁子もそろそろ考える年齢になってきた。まわりで結婚をしている人は少なかったが、徐々にそんな話も出てくる頃には違いない。
 結婚という言葉が気にならないと言えば嘘になる。街を歩いていて、ブライダルプラザの宣伝など、なるべく見ないようにしている自分に気付いて苦笑してしまったり、テレビCMはサラリと流すのに、結婚関係のCMになると、見入っていることに気付いたりしていた。
――三郎を意識しているのかしら――
 考えられるとすれば三郎しかいない。
――まさか因幡なんて考えられないし――
 あの厭らしいまでの粘着な視線を思い出すとゾッとしてくる。
 三郎は従順ではあるが、ギャンブルの話になると人が変わってしまう。
「ギャンブルなんてしてたら、生活なんてしていけないわよ。仕事がないんだから少しでも倹約しなきゃ」
「うるさいなぁ。俺だって仕事を一生懸命に探してるんだよ。見つからないからストレスが溜まるんだろう。ストレス解消だよ」
 ギャンブルの話に仕事の話、してはいけないタブーな話を一緒にしてしまったからたまらない。三郎もムキになる。
 売り言葉に買い言葉、お互いに溜まっていたストレスが爆発し、喧嘩になってしまった。どちらかが歩み寄らなければ話にならない。結局歩み寄ったのは郁子の方だった。
「ごめんなさい。私が言いすぎたわ」
「いいんだよ。僕の方もムキになりすぎた。君には本当に悪いと思っている」
 と言われてしまえば、仲直りをしたも同然である。自然と仕事の話とギャンブルの話はタブーとなった。
 それにしても三郎は強情である。自分から悪かったということは決して言う方ではない。相手が謝ってくるまでじっと待っていて、もし謝ってこなければどうするつもりなのだろう。郁子が謝ったからいいようなものの、謝ってきた郁子に三郎がどう感じているのかも気になるところだ。早かったと思っているのか、遅かったと思っているのか、郁子にとって大きな問題であった。
 従順な性格と強情なの性格はリンクしているのだろうか? 普通に考えれば従順な性格の人に強情な人はいないように思う。強情な人はわがままに感じ、わがままな人が従順などということはありえないと思っている。
 大学時代の友達に、
「私、大きな声じゃ言えないけど、実はMなの」
 と言われたことがあった。SMの世界はまったくの異次元のように思っていた頃なので言われても何も感じなかったが、三郎と出会って彼の従順さを見ているたびに自分の中にある何かが目覚めたように感じると、その時の友達の話を思い出した。
「じゃあ、相手の男性には何をされても従順ってことなの?」
 一番気になったのは、SMという行為そのものよりも二人の関係である。女性が相手の男に従順ならすべてにおいて、従順なのかということが最大の興味であった。
「そんなことないわよ。いくら従順だといっても、根はわがままなところがあるので、逆らうこともあるわ。でも、それって真性のMじゃないのかも知れないわね」
 と言って笑っていた。確かにそうかも知れない。真性なのかどうかは本人にも分からないだろう。極めた人であっても真性かどうか分からない。
「きっと奥の深いものなんでしょうね」
 というと、二度三度と頷いていた。卒業してから会っていないが、極めたいと思ってはいないと言っていたので、今では結婚を夢見ている普通の女性になっていることだろう。
 従順に見える三郎だが、郁子が考えているような従順さではないかも知れない。強情なところを見てしまったのでそう感じるのだろうが、三郎のどこが気に入ったのか、再度考えてみる時期が来たような気がしていた。
 従順で子供のようなあどけなさに、忘れていた何かを思い出させてくれるところが好きになったのではなかったか。それがいつの間にか従順な態度を取る三郎を見ることで、自分の中にあるSが目覚めかけたのかも知れない。
 いや、S性やM性というのは誰の中にもあるものだろう。それがふとした瞬間に顔を出し、自分に備わっていることを知ってしまうことで、真性だと思い込むかどうかの違いである。
 もちろん、自分の中に真性のS性が備わっているなど考えたこともない郁子だったが、三郎を見ていると、どうしても支配欲がこみ上げてくるのを感じるのだ。従順な人を支配したいと思う気持ちがあったことは事実で、ただそれがS性だったかどうか、今となっては分からない。
 しばらくは相変わらず仕事が見つからなかったが、徐々に三郎も落ち着いてきたのか、ギャンブルにうつつをぬかすこともなくなってきた。
 郁子も以前同様にあまり悩むことなく仕事をするようになっていたが、不安が抜けたわけではない。時々三郎が分からなくなることがあった。
――彼は二重人格じゃないかしら――
 と思うようになっていた。
「どこが?」
 と聞かれると具体的に答えられないが、一緒にいて時々郁子と目を逸らそうとする時が ある。
 それだけならそれほど気にならないが、郁子が目を逸らしている時に、じっと郁子を見ているのだ。心の奥を覗こうとしているというよりも、様子を探っていると言った方がいいかも知れないほど、視線自体の熱さは感じない。
――冷ややかな視線――
 なのである。
 ギャンブルをしなくなった三郎だったので、きっと自分の気持ちが通じたのだと思った郁子だった。
 一度、付き合い始めた頃を思い出して外食をしようと誘った。嬉しそうな視線の裏に、またしても冷ややかさを感じたが、郁子にとって三郎はいつまでも付き合い始めた頃が忘れられない。
 そういえば久しく外食をしたこともなかった。料理が好きな郁子は、自分で作ることを辛いと感じたことはない。おいしいといって食べてくれる三郎の顔を見たい一心なのだ。
 久しぶりの外食は、郁子にとってリフレッシュした気分になった。最初、
――外食程度で気分的に違うものなのかしら――
 と思ったが、料理を作ってもらうのもたまにはいいもので、ゆったりとした気分になれる。また明日からの生活の活力になるだろうし、腹八分目とはよく言ったもので、
――もう少し食べたい――
 と思って終わるところがいいのだろう。時間が経つにつれて、舌に残った味わいが満足感としてずっと残っていきそうだ。
 三郎にも同じことが言えそうで、満足感が顔に出ていた。食べ終わって表に出ると、満たされた食欲で余裕のある顔をしているようだった。
 その夜の三郎は積極的だった。食欲の満足感が性欲を誘ったのか、郁子も同じで、三郎の積極性を甘んじて受け入れていた。元々積極性のあるセックスをする三郎だが、普段とどこかが違う。どこなのだろう?
 ずっと考えながら快感に身を任せていたが、今まで感じていたよりもさらにオトコを感じた。それは力強さによるオトコであって、一番分かりやすいものだった。少なくとも今までの三郎にはないもので、郁子にとって久しぶりの与えられる快感だった。
作品名:短編集92(過去作品) 作家名:森本晃次