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短編集92(過去作品)

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 その話を聞いて苦笑いする三郎だった。その時の表情を見て、最初は大人の雰囲気を三郎に感じた郁子だったが、
――意外と子供っぽいところもある人なんだわ――
 と感じた。郁子の中で母性本能が目覚めたとすれば、その時だっただろう。
 父親を早くに亡くし、母親一人に育てられた郁子は、自分に母性本能を感じたことはなかった。男勝りにならざる終えない環境で一生懸命に働いている母親を見て育った郁子にとって、母親から感じる母性本能はなかった。
 それだけに自分にも男勝りな性格が移ってしまったに違いないと思っていたが、それはまわりに男らしい男しかいなかったからだ。
 本能からか、しっかりした男性しか見ないようになっていたが、大人しい中にもしっかりしたところのある男性しか男性として見ていなかったに違いない。
 三郎は違っていた。どちらかというと痩せ型で、建設会社に勤めているなど信じられないほど華奢な体格をしている。
――本当に大丈夫かしら――
 この視線が三郎に向けられた最初の視線だっただろう。皆からからかわれる三郎を見ていると、可愛らしく感じられるのは小さいなりに虚勢を張って見えるからだ。
 どんなに小さくても頑張っている人を見るのは気分爽快になるものだ。郁子には三郎がそういう風に映った。
 身体が小さい三郎は、男から見ても努力家に見えるかも知れない。黙々と仕事をこなす姿は、郁子ならずとも共感を受けるものも多いことだろう。目立たないが、悪く言われることもないし、ますます郁子の気になるところになっていった。
 男勝りな郁子にとって、胸がキュンとなる瞬間など今までにあっただろうか。自分が女性であることに気付いた瞬間、それを知っている人は他に誰もいないはずだ。郁子にとっての三郎が、話をする前から徐々に大きくなっていた。
 三郎のいいところしか見えてこない。静かなところには男っぽさを感じ、他の人とあまりうまく話せなくとも、
――私とだけうまく話せればいいんだわ――
 と、自分本位に考えていた。
 独占欲の強さは、嫉妬に繋がることを知っている。実際に今まで好きになった人がいても、あまりもてるような人は最初から気にすることはなかった。もてる人は自分以外に素敵な人が必ず現れると思ってしまうからだ。嫉妬深いという自覚のある郁子に耐えられる自信はなかった。
 三郎は、あまり女性からもてたりしないだろう。自分から積極的ではないし、何よりも一人でいても違和感がない。一人でいればいるほどその場に同化してしまい、誰からも気にされることなどない。
 それも三郎の特徴である。目立たないことが特徴というのもおかしなものだが、自分だけが気になっていればそれでいいと思っている郁子には嬉しい限りだ。
 そこが母性本能をくすぐるのだろう。だが、三郎は自分の本性を出していなかった。ひょっとしてその時はまだ自分の本性に気付いていなかったのかも知れない。
――彼の本性を引き出してしまったのは、私かも知れない――
 最近、郁子は後悔の念に駆られている。だが、性格というのは持って生まれたものの影響が一番大きい。知り合って少ししか経たない郁子に対し、本性を表したのは、ある意味郁子の母性本能が災いしたに違いない。
 三郎は、高校を卒業して建設会社に就職したが、しばらくの現場生活は仕方のないことである。どれくらいの現場経験が必要なのか、詳しいことを知らない郁子だが、頑張っている三郎を見ているといじらしかった。身体の小さな三郎が頑張っているんだから、自分も頑張ろうという気にさせてくれる。そんな三郎を好きになったのだ。
 年下ということもあって姉御肌の郁子。最初の一年は現場の近くにあるアパートを会社の寮として使っていた三郎だったが、いずれはどこかに引っ越すつもりでいたのを、郁子が、
「どうせなら一緒に住まない?」
 と誘いをかけたのだ。その頃にはすでに三郎と身体を重ねていた郁子には、何の抵抗もなかった。そして、三郎がこの誘いを断るとも思えなかった。案の定、あまり考えることなく三郎は郁子の部屋に引っ越してきて、二人で住むようになっていたのだ。
 三郎の同僚の中には、二人の同棲を知っている人もいるだろうが、郁子の会社の人は誰も知らない。建設会社の人たちは一様に口が堅く、さすが働く男の集団というイメージが湧いてきて、男性の汗の臭いを感じることができそうなくらいである。
 同棲を始めたきっかけは、やはり母性本能と独占欲からであろうか。
――かまってあげたい――
 という思いと、
――誰にも取られたくない――
 という思いが交差して、「同棲」という言葉を思いついた時には、もう気持ちは同棲に向ってまっしぐらだった。特に彼が断るはずなどないと思っていたからだろう。断ることをしなかった三郎を見て、
――もうこの人は私だけのものだ。絶対に離さないわ――
 と思った。それが災いの元になろうとは、その時まったく感じていなかった。
 従順な三郎と、ずっと一緒にいられると思うと、郁子の頭に独占欲とは別に、支配欲のようなものが出てきたようだ。
――彼を手なずけてしまおう――
 とまで思ったかどうか、今となっては疑問だが、少なくとも、郁子の頭の中で三郎の操縦術が形成されていったことは事実だろう。
 まずは夜の生活から三郎を手なずけて行こうと考えていた。郁子は初めて三郎と抱き合った時のことをずっと忘れないでいられると思うほど新鮮だった。なぜなら、三郎が童貞だったからだ。
 今まで郁子と身体を重ねた男性は、すべてが郁子をリードすることのできる男性で、ベッドの中では「オトコ」だったのだ。すべてを任せて、自分は相手に身も心も委ねていればよかった。ある意味それがセックスだと思っていたのだ。
 相手に身を委ねていると、自分の中から湧き出してくる快感だけを味わうことができる。知らないことは教えてくれ、抱き合うたびに開発されていく自分の身体に悦びを感じたものだ。
 だが、三郎は違う。何も知らない男性で、だいぶ開発されてきている郁子の身体を満足させられるだけのものがあるとは到底思えなかった。
 だが、彼は一生懸命だった。母性本能の真髄を感じたのはその時だったのかも知れない。それまでに感じていた母性本能というのは、初めて身体を重ねた瞬間に訪れる本物の母性本能を呼び起こすための序曲にすぎない……。そこまで感じていた。
 それまで同様、ベッドの中でも静かな三郎。しかし完全に動揺している。息遣いが激しく、きっと自分でも何が何だか分かっていないはずだ。それは自分が処女を失った時のことを思い出せば分かること、男と女の違いは決定的だが、男にとっても最初の時を想像したことなどなかったので、三郎の行動、息遣いすべてが新鮮だった。
「お姉さんが教えてあげるわ」
 という郁子のセリフに、一瞬目の輝きを見せた三郎の表情が印象的だった。
 最初はどうしてもぎこちなく、身を任せていた時に感じるこみ上げてくるような快感は味わうことができなかった。完全に見下ろすように見ている郁子の表情が少しにやけていたかも知れないと感じたのはしばらくしてからだったが、ベッドの中でこれほどの気持ちを余裕を感じたのも初めてだろう。
作品名:短編集92(過去作品) 作家名:森本晃次