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短編集92(過去作品)

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 当然だろう。彼女の身体は快感に慣れていた。女性ならどこでも敏感に反応するはずの場所へと陣内を巧みに誘導していたのは無意識だったに違いない。それができるのは、やはり既婚者だと思って間違いなかった。
「僕はずっと独身だったんだ」
 美佐子の言いたいことと少しピントがずれていたかも知れない。
「結婚ってね。一体何なんでしょうね」
 陣内に対しての言葉なのか、到底答えられないような言葉を発した。
 当然のごとく陣内は答えが出てこない。このままでは重苦しい沈黙が重苦しい空気に変わってしまうのは目に見えていた。だが、それを破ったのも美佐子である。
「離婚を考えているの。幸い子供もいないことだし、結婚してから他の男性に抱かれるのって初めてなの……」
 そう言いながら、美佐子はさらに身体を密着させてくる。
――お願い、離さないで――
 と震える身体が訴えている。最初から小刻みな震えがあったことに、その時初めて気がついた。
 今までに抱いた女で人妻は美佐子が初めてだった。しかし罪悪感はあまりない。かつて抱いた女性を、また抱いているという感覚もあった。美佐子を抱いていて、
――以前から知っている身体のように思えてくる――
 と感じたのも事実だが、今まで何度か見た美佐子が出てくる夢の中で、必ず美佐子を抱いてきたのを思い出した。その時の感覚が今よみがえってきていると思うのは、あまり現実的ではないかも知れない。だが、それだけ美佐子に対して執着を持っていたことは確かだ。それは身体だけということではない。気持ちを支配したいという思いがあったのも否定できない。
 美佐子という女性は、支配したいタイプの女性だった。
――あどけなさと、妖艶な大人の雰囲気が共存している女性――
 だと思っていたからである。
 アンバランスさが男心を刺激するということに初めて気付いた。身体を重ねたから気付いたというわけではない。高校時代から感じていたことだと思う。高校時代までの陣内は真面目だったこともあって、女性を支配するなどという発想が出てくる余地などあろうはずもなかった。
「まるで二十年前に戻ったみたいね」
 胸に顔を埋めたまま美佐子が話す。
 二十年前の美佐子のどこが気になったのか、今の美佐子を見ていて思い出せない。顔を思い出すことはできるのだが、それも全体的なもので、それだけ恥じらいを持った目で見ていたのだろう。まだまだ男としての目ではなかったはずだ。
 確かに二十年前のイメージが強いが、二十年という年月は、記憶の消耗化に逆らうことのできない年月である。変わってしまっていたとしても、どのように変わったかということをはっきりと認識できるものではない。
 だが、美佐子の中にいるのは、二十年前の陣内である。二十年前の陣内を思って美佐子は抱かれたのだろうか。
 美佐子のその言葉がなければ、陣内も今の美佐子の妖艶さに惚れて、美佐子を抱いたのだと思うだろう。しかし、美佐子に二十年前の自分だと言われたことで、記憶の中の美佐子を思い起こしていたに違いない。
――二十年前、見たかった表情を今見ているんだ――
 と感じている。
「そういえば、もっと大きな街だったように思えるのよ。この街って」
「えっ? この街に住んでいるんじゃないのかい?」
「いいえ、今日この街を訪れたのって何年ぶりかしら? とにかく急に思い立って歩いてみたくなったのよ」
 何という偶然だろう。一日でもずれていたら会うこともなかっただろう。いや、この街に住んでいるわけではないので、同じ日であっても、出会えるタイミングというのは偶然が重なったとしか思えない。
 美佐子の顔をじっと見つめる。次第に高校時代の表情がよみがえってくるのを感じたのは気のせいだろうか。
 美佐子が続ける。
「私ね。昔から道の向こうに見える山に登ってみたかったの。いつでも登れるって思っていたからかも知れないけど、結局登ったことがないのよ」
 遠くに見える山を意識していたのは、陣内だけではなかった。美佐子にとっても特別な存在だったのだ。
「お前が人に相談する時は、すでに自分の中で腹が決まっているんだよな」
 と言われたことがあった。美佐子を見ていて気持ちが分かるのは、きっと同じところがあるからだろう。
――すでに決意を固めている――
 だからこそ二人は出会えたのかも知れない。
 美佐子と陣内との違いは、人に相談するかしないかだ。美佐子の場合は相談するわけではないので、分からない人には彼女の気持ちは理解できないに違いない。陣内は人に相談して人の意見を聞きたいというドライな考えを持っているので、相談された人は真剣に答えてくれる。そこで自分の意見を確信に導くのだ。
 美佐子は相談しない変わりに人の意見をしっかりと聞いている。あまり真剣に聞きすぎると、今度は自分の意見に紛れてしまうので、それは避けなければならない。吸収できるところだけをしっかり見極める目は少なくとも美佐子には備わっているに違いない。
――美佐子は僕だから相談してくれたのかな?
 彼女が離婚を決意していることは真剣な表情を見ていれば分かるような気がする。では、一体陣内にどんな答えを求めているというのだろう……。
 陣内は自分の仕事、将来に少し行き詰っている。相手が美佐子でなければ相談したかも知れないと思えるくらいで、美佐子を見ていると、そんな陣内の気持ちにウスウス気付いているようだ。
 仕事に行き詰まった陣内、家庭に行き詰った美佐子、お互いに二十年前を思い出すために訪れた故郷で気持ちを確かめ合った。それは間違いないことだ。二十年前に感じていた街の広さを狭いと感じ、遠くに見える山に思いを馳せる。お互いに同じ思いである。
 計らずとも自分の意志とは関係なく区画整理で知っている街の概観が失われる。美佐子は知らないことだろうが、この街を見つめる陣内の表情から言い知れぬ不安を感じ取ったのではないかと勘ぐってしまう。
「山まで歩いていこうか?」
「ええ」
 声を掛けたのは陣内だったが、一つになった気持ちで行動も一つだ。
――腕を組みながら歩く後姿を見てみたい――
 そんな衝動に駆られた。中学時代、異性に興味を持ったきっかけの一つが、アベックの後姿に魅せられたことだった。足元から伸びる影が長くたなびいている姿、そのイメージが今でも強く残っている。
 山に登って下界を見る。下にいる頃よりはるかに狭く感じるその街は、こじんまりとしていることに今さらながら気付いたが、区画整理することもなく、最初から区画が綺麗な街であることにはビックリさせられた。
 富士山のように綺麗な景色を見る時は、遠くから見ているから綺麗なのであって、実際に中にいると、雪だけというのと同じである。
 風が強くなっている頂上から同じように下界を見ている陣内と美佐子、その時の二人は、きっと違うことを考えていたに違いない……。

                (  完  )


作品名:短編集92(過去作品) 作家名:森本晃次