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短編集92(過去作品)

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 小学校時代というと、あまりいいイメージのない頃だった。確かに勉強をよくしていて充実してはいたが、友達と遊ぶことのなかった頃である。後から思い出して友達が出てこないというのも寂しいもので、充実感もその時のイメージがそのまま現れるわけではない。
 学校の校舎がやたらと大きく感じた。廊下も広く、階段も高かった。何よりもグラウンドの広さは遊戯施設が点在していたこともあって、想像の中での広さに繋がっている。
 小学生時代の自分に戻ったつもりで街を想像すると、すべてが広く感じる。広い街が成長とともに狭く感じられるのだ。
 駅を降りて最初に感じた狭さ、最初からそのように感じるはずだと想像してはいたが、自分の成長に複雑な思いを浮かべている。
――箱庭のような街――
 都会から帰ってきて最初に感じた印象だった。
「どこにいても、田舎っていうのはいいもんだよな」
 という話を聞くが、その話を思い出すと皮肉に感じる。
――懐かしさを感じたくて戻ってきたはずなのに――
 そしてもう一つ、気になる話があった。この街が区画整理の対象になっていて、昔からある商店街も買収されることになるようだ。
 この情報はまだ誰にも知られていない。陣内の会社で進めているプロジェクトの一環に入っていて、開発予定がそのうちに組み込まれるということだった。もちろん上司も陣内がこの街の出身だとは知らない。知っていたとしても、一縷の支障になるわけでもない。そこに人情の入り込む隙間はないのだ。
 陣内にしてもそうだ。最初こそ、計画を聞いた時ビックリはしたが、ショックではない。知っている人がそれほど残っているわけではないし、あまりいい思い出もない。
――なくなってしまうんだ――
 という程度のものだったが、そこまでそっけない自分が急に不思議に感じられた。昔見た以前のイメージを持ったまま都会に出てきたにもかかわらず、嫌な思い出もイメージしているわけでもない。あるのは風も吹いていない夕凪の時間帯に、モノクロに見えている道が、遠くに見える山に向って伸びているところだけである。そんなあっけなさしか感じないほど故郷に感じるものは何もないのだろうか。
 ごく少なかった友達の顔を思い浮かべてみる。人の顔を覚えるのが苦手な陣内は、集中力の緩慢さが影響しているのを分かっている。覚えようとしている端から新たな人の顔が目の前に鎮座すると、その瞬間に覚えようとした人の顔を忘れてしまう。
――イメージで覚えればいいんだ――
 と思うのだが、どうしても輪郭や目鼻立ちのようなバランスで覚えようとしているために覚えられないのだろう。
 どう見ても平和な街にしか見えない。寂れてはいるが、この街で頑張って皆仕事をしているのが分かっている。まだ郊外には農家も多く、田舎にいる頃は見るのも嫌な時期があったのが不思議なくらい、今は健気に思う。それだけ自分の仕事に情けなさを感じているからだろう。
 現場で頑張っている頃であれば、この街の計画を知っていてもあまり感傷的になることはなかったかも知れない。しかし、中間管理職である今の立場から考え、さらにどうしようもないということを考えると、情けなさも仕方のないことだ。
――自分が直接手を下せれば、どうだろう――
 現場にいて自ら手を下すことができれば自分としては納得がいくかも知れないと考えた。
 しかしそれほど単純なものなのだろうか? 
――自分の住んでいた街を自らの手で――
 夢見は決していいものではないはずだ。それだけ現場にいる頃は若かったということである。
 今は複雑な気持ちではあるが、きっとそのうちに何も感じなくなるのではないかと思える。
――何も考えないことだ――
 本部に行って仕事をしていてストレスを溜めないようにするために今考えられる一番いい方法だと思っていることだった。だが、そう簡単には行かないだろう。知らず知らずにストレスが溜まっていくのは分かっていた。
 いろいろなことが頭をよぎるが、なるべく無意識になろうと考えながら街を歩いていると、前から歩いてきた女性と目が合った。
 相手がじっと陣内を見ていたから分かったことで、相手の視線に気付かなければそのまま通り過ぎていただろう。
 目鼻立ちのクッキリした女性で、ストレートに伸びた髪が肩まで掛かっている。こちらを見つめている表情は、なるべく気付かれないようにと思いながらの視線なのだろう。目が合った時、反射的に目を逸らそうとしたが陣内の視線に今度は目が離せなくなったように思えてならない。
 最初、陣内は相手が誰か分からなかった。
「ああ、美佐子さんじゃないですか」
 思わず声を掛けてしまったが、たった今思い出したことがバレてしまい、声を出してしまったことを一瞬後悔した。しかし、そんなことはどうでもよかったようだ。こわばっていた彼女の表情が見る見るうちに和らいでいった。
「陣内さん、お久しぶりです」
「高校時代からだから、もう二十年近くも会ってなかったんだね」
 恥ずかしそうに頷く美佐子の表情に笑みが零れた。その表情は高校時代と変わっていなかったが、どこかに寂しさを感じ、月日の流れを今さらながらに感じていた。
 ピンク色のカーディガンを着た姿が印象的だ。高校時代までは可愛いという印象が強かったが、可愛いという印象を持ったまま、大人の女性に変わっていったことを窺わせる表情に陣内の視線は釘付けになっていた。
 陣内はまだ独身である。結婚したいと思った時期もあり、その時に結婚しようと思っていた相手もいたのだが、相手の女が他にも付き合っている男性のいたことが発覚し、一気に溜飲が下がってしまった。
――俺はそこまで安っぽい男じゃないんだ――
 と自分に言い聞かせ、相手を忘れることにした。最初は辛かったが、忘れ始めると早いもので、
――これほど簡単に忘れられるなんて――
 と思えるほど、あっけない別れだった。
――これなら結婚なんてしない方がいいんだ――
 結婚というもの自体に疑問を感じているうちに年齢ばかりが進行する。しかも現場の仕事が一番楽しかった時期、仕事さえしていれば他には何もいらなかった。いや、仕事に生き生きしていれば、幸福は向こうからやってくるというくらいの気概を持っていたのだ。
 それから陣内は女性と知り合う機会は何度もあった。恋愛をしたこともあったが、結婚にまで考えが及ぶこともなかった。
 相手も結婚を考えていない人が多く、ある意味ドライな付き合い方だったのだ。
「需要と供給の関係ね」
 と言っていた女もいたが、あまりにも冷めていたので、却って付き合いやすかった。恋愛感情と結婚とは別物なのだ。
 女性との付き合いは浅くもなく深くもなく、深くなりそうになれば自然と気持ちが離れていくようだった。ある意味お互い自分の気持ちに素直だったのだろう。ただ、それを分かってくれる人は少なかったように思うが……。
 今でもその傾向は変わっていない。
 熱烈な恋愛至高だったはずの陣内だったが、恋愛を煩わしいと思い始めたのはいつからだったか、きっかけになる女性がいたに違いないが、今となってはどうでもいいことだった。
作品名:短編集92(過去作品) 作家名:森本晃次