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短編集92(過去作品)

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 それは鬱状態とは違うものだ。鬱状態の時には自分のことを分かっていて、それでどうすることもできない時期だと思っている。そして周期的なものなので、時期がくれば自然に治るもの、それが鬱状態である。
 しかし、ここでのストレスは出口が見えるものではなく、入り口も分からない。いつ終わるとも分からないことで、これからさらにストレスが溜まってくるだろうとしか思えない。
――やっぱり不器用な性格なんだ――
 と感じることで、自分が損な性格だと思うようになっていた。
 現場が性に合っていたのは間違いないだろう。どうしてこんな気持ちにならなければいけないのか、考え込んでしまった陣内だった。
 とにかくすべてのことに歯車が噛み合っていない。一つ一つのことを整理して考えることができれば噛み合ってくるのが分かっているのだが、本人としてはどうすることもできない。
――どれか一つでも違えば、歯車だって噛み合うかも知れない――
 やる気が出るような仕事だったり、もう少し話ができるようなまわりの環境だったりと、自分の想像をはるかに超えた環境に、一つ一つを整理できないのも仕方がないことではないだろうか。
 言い訳といわれればそれまでかも知れないが、一つ一つのことをうまく整理できなくてもうまくやってこれた秘訣はあるはずだ。きっと流れを掴むのがうまいのだろう。流れを自分のものにさえしてしまえば、後はそれに乗ってうまく回転していけばいいのだ。
 現場でうまくやってこれたのも頷ける。自分の流れを掴むことが一番だと思っていたが正解だった。状況判断も臨機応変だった。だが、本部に上がると、どうしても上司の意向を踏まえたところでの状況判断となり、個性と我の強い上役連中の狭間での状況判断は困難を極める。
 優先順位に戸惑うのだ。私利私欲が渦巻いている世界を覗いているようで、世の中の見たくないものを見せられている環境は決していいものではない。苛立ちがストレスに変わるのも仕方がないことだ。
――趣味でもなければ潰されているだろう――
 学生時代からやってきた釣りがあったが、休みが近づくと、それだけが楽しみで、いつも早朝から出かけて、まだ夜が明ける前の街灯に照らされ波に反射している海面に釣り糸を垂らす瞬間が待ち遠しい。
――まさか、こんな嫌な気分を忘れるための趣味になろうとは――
 現場にいる頃は、それこそ仕事が楽しかったので、忙しさもあってか釣りからしばらく離れていた。またやり始めたのがストレス解消のためとは、考えてみれば情けない。背に腹は変えられないと思っていたが、垂らした糸を見ていると気持ちに余裕が戻っているように思えてくるから不思議だった。だが、本当のストレス解消までには至らず、休みの日のストレス解消で、不安な気持ちのまま休日を過ごさなくなっただけだ。それでも釣りに行くのは、気持ちの整理がつけられるからだ。どちらかというと不安を引きずったままで他のことが考えられなくなるタイプの陣内には良薬であることには違いない。
 いつも週末になると釣りに勤しんでいた陣内だったが、その日は違った。向かう先には海ではない。電車に乗って向った先、それは高校時代まで住んでいた街だった。
――もう二十年近くになるんだな――
 田舎街なので、基本的にはあまり変わっていない。前は賑やかだった場所が寂れてしまって、ただでさえ寂しい街に活気という言葉がまったく感じられなくなっている。
 しかし、変わって見えるのはそれだけではない。寂れてしまったとはいえ、街並みは同じなのだ。
――同じはずの街並みが違って見える――
 どこか記憶と比べて狭く感じるのだ。
 高校の頃というと世間知らずで、ただ勉強だけをしていればいい時期であった。
 大人の世界に顔を突っ込んではいけないと思っていて、わざと目を逸らしていたこともたくさんあった。
 そんなものを今はすべて見えていて、実際に体験もしてきた。街が昔同様に陣内を向かえてくれないのも当然のことに思える。
 到着したのは夕方近かった。朝から出かければ昼までには着ける場所なのに、ここまで遅くなったのは来るのを戸惑っていたからだ。
――行ってみてどうするというのだ――
 もう一人の自分が話しかける。
 しかし、思い立ってしまえば、考えれば考えるほど気になってしまうというもので、気がつけば電車に乗っていたというのが本音である。後先のことも考えずに出かけてきたので、宿の手配もしていない。
――土曜日の夕方――
 それは、学校が昼までなので、心地よい遊び疲れと、それにともなった食欲の促進で、身体にだるさを感じる時間帯である。
 黄昏が一番似合う時間帯でもあった。公園で遊んでいて一番気になったのが、皆の影の長さである。夕方というと影が長くなるのは当然だが、真っ黒な影に明るさを感じ、一見矛盾しているように思いながら、夕日が映すオレンジ色が、何種類かの色が混じった光のコントラストを奏でているようだ。
 夕日の時間、オレンジ色のコントラスト、影の長さ、それが公園で陣内に与えてくれた心地よい疲れを演出しているのだった。
 どうしてこの街を訪れてみたいと思ったのか、その時の心境を思い出していた。
 精神的にきつくなっていて、二進も三進も行かない気持ちに陥ると、まわりが見えなくなる。しかし、その状況に慣れてくると開き直る瞬間があるのか、発想が柔軟になってくるのだ。
 夕凪の時間帯に似ている。
 風がまったく吹かない夕凪の時間、限られたごく短い時間だが、毎日訪れるものだ。二進も三進も行かないと思っていても、風が起きる隙間はどこかにあるものだ。夕凪が終わる瞬間、その時開き直りを感じる時間だったりするのかも知れない。
 元々趣味の釣りにしても、最初に始めたのは、田舎を流れる川だった。川に入って遊んでいた子供の頃を思い出しながら川原で佇んでいると、上流で釣りを勤しむ人たちがいっぱいいた。
 彼らは都会からやってきた人たちで、都会の人というと、皆余裕のない顔をしているものだと思い込んでいた。だが、彼らの顔に感じるのは、和やかな表情で、せわしい様子は感じられない。田舎の人は皆のんびりした顔をしているが、都会の人の心に持つ余裕と種類が違うのか、見慣れているのか、都会の人の楽しそうな表情は、偏見を吹き飛ばしてくれそうだ。
――釣りをしてみよう――
 と思うようになったのはその時からである。それまでは、
――釣りなんていつでもできる環境にいるんだ――
 と思っているせいか、自分から釣りをしようなどと思ったこともない。
 家には釣り道具一式が揃っていた。父親は釣りが好きで、よく一人で出かけて行ったものだ。誰もそれについて苦言を評する人もおらず、ノビノビしていたように思う。
 久しぶりに訪れた田舎で、釣りをしてみようとは思わなかった。時間も限られているし、歩いてみたいと思うところが多くなりそうな気がしたからだ。
 最初は数ヶ所が思い浮かんだ。しかし、歩いていると懐かしい場所が次から次へと脳裏を掠め、行ってみたい場所が膨れ上がってくるに違いない。
 最初の想像で湧いてきたイメージは、学校だった。それも小学校。
作品名:短編集92(過去作品) 作家名:森本晃次