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短編集92(過去作品)

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 よほどしっかりとした精神力を保っていないと苦しいものがある。特に栄転と思って本社に引き上げられたわけだから、まわりの目に最初は戸惑うことだろう。陣内には最初その視線すら気付かなかった。それだけ、自分に自信を持っていたのだ。
――何かおかしい――
 と思った時には、見下す視線に押し潰されそうなほど、まわりから一斉に浴びせられた。
 現場にいる頃まであった自信が、脆くも崩れるとは思いもしなかったのは、まわりの視線に気付かなかったからだ。自分の愚かさを感じてしまうと、すぐに引け目に繋がってしまう。そうなると、集団意識が一気に襲ってくる。まわりがすべて敵に見えての孤立無援、四面楚歌とはこのことだ。
 今まであった自信、例えば状況判断には現場の人間も納得してくれていた。本部からの指示を忠実に守りながら、現場の刻々と変わる状況に、臨機応変に対応していたはずだった。今でもそのことには自信を持っている。だが、本部に来るとそうも行かない。現場のように急を要する臨機応変な対応は必要ないのだ。
「ここでは、暗黙の了解がかなりな部分を占めていて、その中で自分の立場を確立していくことが一番大切なんだ」
 と言っていた先輩がいた。
 最初は何を言っているのか判らなかったが、次第にまわりの目を見ていると分かってくる。要するに状況判断というのは臨機応変に速やかに行うことよりも、いかに他の人の立場を崩さないようにするかが優先される。秩序と言えば聞こえはいいが、結局は自分たちを守るためだけの暗黙の了解であった。
――まるで役所のような体質じゃないか――
 客や他の部署の人たちよりも自分たちの立場が最優先。まさか自分の通っていた会社の本部がそんなところだったなんて……。
 陣内は、前からいた先輩に逆らえない性格だった。どんな人であっても、その場所で自分の知らないことを知っているのだから、逆らえないと思っているのだ。
 その気持ちは先駆者には勝てないという気持ちから起因している。
「最初にふぐを食べた人は勇気があったよな」
 学生時代の友達との話の中で出てきた言葉だが、今でもその話を覚えている。
 ふぐを食することに限った話ではない。その後、いくら素晴らしく改良されたり加工されたものであっても、最初に考案した人には絶対に勝てないという考えの元に出てきた発想だ。
 特に陣内にはその思いは強い。モノを作ることが好きな人は、基本的に皆同じではないだろうか。
――いずれは自分独自の発明を――
 あわやくばと考えていることだろう。
 仕事においてもそうだった。だが、本部ではなかなかそうも行かない。どうしても自分が一番の新米なのだ。
 何よりも自意識がそう感じさせる。まわりの視線の強さに圧倒され、孤独感をいやというほど思い知らされる。
 それまで培ってきた会社での自分なりのノウハウが音を立てて崩れ始めたことに気がつき始めていた頃、最初に感じたのは、
――状況判断ができない――
 ということだった。あれだけ現場を仕切っていたのに、これほど何をしていいのか分からなくなってしまうとは、想像もつかなかった。
――自分の中での自信のあるなしが、ここまで大きく影響してくるとは思ってもみなかった――
 と感じ始めていた。
 本部の人間たちに感じた思い、それは田舎から出てきた時に感じたものに似ていた。
 高校時代までは田舎に住んでいて、大学入学と同時に都会に出ていて、アパートで一人暮らしを始める。
 最初はもっと楽しいものだと思っていた。一人暮らしのアパートに友達を呼んで、朝まで飲み明かしてみたいなどという気持ちもあったりしたが、元々が真面目な性格だったこともあって、そこまでの友達はあまりいなかった。
 アパートといってもコーポみたいなところで、想像していたよりも綺麗なところだった。鉄筋コンクリートは当たり前、だが近所付き合いも鉄筋コンクリートのように冷たいものだった。
 住んでいたコーポは学生ばかりではない。隣に住んでいるのはサラリーマンで、さらに一番奥には子供もいる夫婦が住んでいた。
 引越しの挨拶に出向いた時も、皆そっけない態度だった。挨拶を終えて最後に、
「分からないことばかりなので、いろいろ教えてくださいね」
 と言った時に見せた相手の表情からは、面倒くさいと言わんばかりの無言の表情しか窺えず、文字通り冷たい鉄の扉が閉まった時に響く乾いた金属音が鳴り終えるまで、その場に立ち尽くしていた。
 その時に初めて田舎と都会の違いを意識した。それから事あるごとに田舎と都会の違いを思い知るが、特に合コンの時に感じた女性の目にもショックを覚えた。
 最初は仲良く話をしていたのだが、途中で自分が田舎出身であることを知るや、態度が豹変した。それまでは二人の会話に入るまで実にスムーズだったにもかかわらず、田舎から出てきたことを言ったばっかりに、相手は引いてしまった。
 後で聞いた話だが、
「あの娘だって田舎から出てきているらしいぞ」
 と、信じられない事実だったが、考えてみれば彼女自身が田舎に対してコンプレックスを持っているのだ。彼女も最初田舎から出てきたことで、変な目で見られたと考えれば納得もいく。これから都会に染まっていこうというのに、またしても田舎臭い男と知り合って何の得になるのかを考えると、豹変した態度も分からなくはない。
 自分が田舎者だということを、同じ田舎出身の女性から思い知らされるとは思いもしなかった。ある意味ショックが大きいかも知れない。
 しかし、それからも時々田舎臭さを感じさせられることもあった。そのたびに都会の人の冷たい視線を感じたが、それを本社に来てから感じたのだ。
 だが、大学時代から比べれば幼稚な気がしていた。陰湿ではないが、自分の仕事のやり方にまでかかわってくるので、会社での立場の死活問題である。
 ストレスが溜まってくる。
 本社の連中が違う人種に見えてくることで状況判断が鈍ってくる。何をどうしていいのか分からなくなると、そこから生まれてくるのがストレスである。一度意識してしまうと、思ったより大きなストレスであることに気付くまでに、それほど時間は掛からない。
 ストレスが大きくなるのが分かってくる。鬱状態に陥る時が分かるように、追い込まれてくるのが分かるのだ。
 自分が損な性格ではないかと感じ始めたのはその頃からだった。
 一生懸命にやっていても報われることもなく、却って白い目で見られることもある。どうしても現場上がりだと、現場中心の意見になるのでそれも仕方がないのだが、それがもっとも嫌われる要因である。
 そのうちに意見を述べなくなる。すると自分の意図していない方向で方針が決まってしまうのだが、それが自分ではやり切れない。思い切りストレスになって溜まってしまう。耐えられるものではなかった。
 さらに感じたのは、自分が物事の一つ一つを整理して考えられない性格であるということ。ゆっくりと考えれば答えが出てきそうなことでも焦ってしまうことが多い。
 現場にいる頃はそんなこともなかったのにどうしてだろう? きっと自分というものを見失っているからに違いない。
作品名:短編集92(過去作品) 作家名:森本晃次