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永遠の香り

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 そういえば、祖父も最後は寝たきりだったって聞いたような気がした。
 母の話では、数か月間祖父は意識不明で、人工呼吸器などをつけられたまま、集中治療室で死ぬのを待つだけだったという。もうすでに医者からは、
「もって、半年くらいではないでしょうか」
 と、家族には末期の病状を宣告されていたようだ。
 寿命にはまだまだ若かったが、
「これも運命」
 と母親は言っていたが、おばあさんの方がどうだったのだろう?
「人間なんて、死ぬ時はあっという間なものよ」
 と祖父が死んでから母が言っていたが、死に顔は安らかだったという。
 それだけが救いだったと、おばあちゃんも納得していたというが、本当に納得などできたのだろうか?
 人の死について真剣に考えたことのなかった静香だったが、中学時代に残ってしまったトラウマのおかげで、ちょっとしたことで、死というものを意識するようになった。
 死というものが、すぐ近くにあり、手を伸ばせば届くところにあるような気がしたくらいだった。
 だが、実際に死のうと思うと、すぐにやめてしまう。それまで死ぬことをそれほど大したことだとは思っていなかったのに、意識してしまうと、考えるのは余計なことばかりである。
 それまでほとんど何も考えてこなかったことが露呈するくらいに考えてしまう。どんなにつまらないことでも考えるのだ。
 それはきっと後悔したくないからであろう。だが、何を後悔したくないというのだろう? これから死のうとしている人間に、何の未練があろうというのか。未練がないから死を選ぶ。未練があっては、死んでも死にきれないのではないかと思う。
 そう思うと、死を躊躇してしまうことが頭に浮かんでくる。そうなると無意識に少しでも助かろうとするだろう。それが本能というもので、本能のままに行動してしまうと、死のうとする自分の本音と、死にたくないという本能とが葛藤を起こすに違いない。それをごく短い間で何度も繰り返し、結局死のうとすると、中途半端になり、死ぬにも死にきれないという状態になり、
「取り返しのつかない後悔」
 が襲ってくるに違いない。
 そんな時、ほのかに風が吹いてきた。
 その時に感じた匂いが線香の匂いだったのだが、どうも線香の匂いだけではなかったような気がする。
 その時、同じお香のような匂いだったはずで、そんな線香の匂いがなかったのは、前におばあちゃんと一緒に命日の時にここで手を合わせた時に感じた匂いとは別の匂いがしたからである。
「お線香にはいろいろな匂いがあるんだよ。仏さまを送る線香だったり、お迎えする線香だったりね。それによって種類も違うし、匂いも違う。だから、迷わずにこのお家に帰ってこられるんだよ」
 とどこまでが本当のことなのか分からないような話をおばあさんがしていた。
 別の日に、母親もしていたことから、
「この話は、この家に代々伝えられてきたお話なのね」
 と、思う静香だった。
 線香にもいろいろな香りがあるという。丁子香を線香の一つと数えることはできないかも知れないが、静香にとっては線香であった。しかも、何か特別な時に自分の身体から発する匂い、そこに何があるというのか、
――こうやって詩織さんに抱かれていると、過去の忘れてしまったことを思い出してくるような気がする――
 詩織さんの身体からは相変わらずのヘリオトロープの香りが漂っていた。
 自分が過去の記憶に誘われているたった今、詩織さんも過去へと誘われているように思えた。

 私を襲ったあの男、死んだというが、あの男が死に至った時の心境を今の私は感じていた。あの男は飛び降り自殺だった。どこかのビルから飛び降りたのだが、先ほど感じた思いと同じ感覚をあの男も感じていたようだ。そして同じ時に、屋上から下を覗いたその時に見えた光景が、ちょうど私が同じ時に感じた、断崖絶壁の谷間の上に掛かった吊り橋から見た光景だった。
「どこに落ちれば、痛くないかな?」
 などと思っている。
 しかし、やはり中途半端な死に方はしたくないとも思っている。
――そうか、死の怖さというのはそこにあるんだ――
 死ぬこと時代の怖さより、死を躊躇したことにより死が中途半端になってしまい、うまく死にきれなかったことの方が怖いという思いである。
 その感覚が自殺を思いとどまらせたりするのだろう。そう思うと、自殺は本当に確実なものでなければいけない。本当は苦しまずに確実に楽に死ねるとこれほど望み通りということはない。元々どうして死ななければいけないのかということも大きな問題なのであるはずなのだが……。
 そんなことを思っていると、またしても、丁子香の香りがしてくる。
――ああ、私はここで死ぬんだ。でも、どうして死ぬことになるんだろう?
 と思った、
 どうやら私を襲った男の死に関わっているようだ、
 あの男は、私を襲っただけではなく、他にも犯罪を犯していた。私があの男に制裁を加えようとしたが、あの男は自殺を考えていた。後ろから見ていたが、死にきれず、私が背中を押してやったのだ。私はあいつを楽に死なせてやった。だから、私もバツを受けることになるのだろうか?
 それは理不尽な気がする。だが、一番楽な死に方を神様が用意していてくれたのだ。一緒に死へと誘う相手、それは詩織さんなのだ。
 ああ、じゃあ、詩織さんは誰かを殺したことになる。考えられるのは、彼女の言っていたお姉さんではないか。お姉さんも不治の病だったという。ひょっとすると、安楽死のような形を取ったのかも知れない。
 死んでしまうことが確定していた命、それを一番楽に死なせてあげた。私と同じように、本当はそこで死ぬはずではない人だったのかも知れない。だが楽に死なせてあげたことで、私と同じトラウマが残った。この場合のトラウマとは私の肉体的なトラウマとは違う意味のトラウマだ。一人の人間にいくつかのトラウマがあることはしょうがないことだと私は思う。
 静香さんには、死に対しての覚悟はあるのだろうか。まったくそんな素振りを示していなかったので、死というものを意識していないような気がしたが、いまだに香ってくるヘリオトロープの香り、これは詩織さんと私にしか味わうことのできない香りであると思っている。
 ひょっとすると詩織さんも私の身体から香ってくる丁子香の香りを分かっているのかも知れない。丁子香は、私にとって永遠の香りに思える。
 詩織さんも、ヘリオトロープを自分にとっての永遠の香りだと自覚しているように思えた。その思いがあるからこそ、私を誘い、一緒に死へと渡っていくことを決意できたのではないだろうか。
 このまま私たちは、今の姿のまま手に手を取って三途の川を渡っていくことになるのだろう。何があっても離れることのない二人、この世に何か未練を残していないだろうか?
 そんな気持ちは余計だった。何しろお互いに安住の死を与えられた永遠の香りを充満させているのだから……。

                  (  完  )



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作品名:永遠の香り 作家名:森本晃次