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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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元禄浪漫紀行(21)〜(28)

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「うっ…うう…」

「おかねさん…」

彼女は今、面倒な客を追い払うためだけに一番深い傷をえぐられ、悲しみに震えている。俺だってもちろん悲しい気持ちはあったけど、そんなの、おかねさんの心に比べればなんでもないようなものだ。

俺は彼女の肩に触れることもできず、じっとそばについていた。

ずっと泣き続けていたおかねさんだったけど、ふと彼女は伏せた腕から目だけを覗かせ、俺を見る。それは、悔しい思いをしたあとだからなのか、厳しくとがめるような目だった。

そして体を持ち上げ前を睨むと、おかねさんはふうっと鼻息を吹く。

「馬鹿にしてるじゃないかさ…」

「え?」

馬鹿にしてる?どうしてだ?大家さんが?

「あたしがお前さんと「間違いを起こす」なんて言ってちょっと脅せば、慌てて自分の意見を聞くんじゃないかと思ったんだよ…」

“あれは親切で言ったことじゃなかったのか”

俺はそこで初めて意味がわかり、恨めしさが湧いてきた。おかねさんは俺を見て、泣きながらわめき散らす。

「あたしがそんなにふしだらに見えるって、平気で言ったようなもんさね!ふざけるんじゃないよ!ああもう!こんなところ、今すぐにでも出てってやりたいね!」

「お、落ち着いてくださいおかねさん…!」

「じゃあ聞くけどね!お前さんだってそんなことを言われて、悔しくないのかい!あたしとお前さんは疑られてるんだよ!」

俺はその時、長屋の住人からそんな目で見られているのかもしれないと思うと、悔しい気持ちもほんの少しはあったけど、やっぱりこう思った。


“どうかそれが真実ならば…”


そう思って俺は下を向いて、「いいや、やめておこう」と心で首を振るまでに、時間が掛かった。

「なんとかお言いよ、どうしたんだいお前さん」

「い、いえ…確かに、悔しいと思いまして…」

「そうだろう?まったく、大家だからってこっちを甘く見てるのさ。おまけにあんな半端者をあたしの亭主にだなんて、冗談じゃないっていうのに!」



そのあともおかねさんはぷりぷり怒り続けていてちょっと大変だったけど、俺はなんとか彼女の気持ちを鎮めるためにお茶を煎れたり話をしたりした。



二升の切手をあげて、大家さんに口利きをしてもらっても栄さんには無理だったのはよかったけど、俺はその代わり、「彼女は死ぬまで恋人と離れはしない」という事実を知り、大きなショックを受けた。

俺は眠る前、おかねさんの深い寝息を確かめてから、ちょっとだけ泣いた。