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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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元禄浪漫紀行(21)〜(28)

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第二十四話 恋の終わり






俺は、おかねさんに恋をし続けている。

日本橋で倒れていた俺を助けてくれて、それから「行くところがない」と言っただけで、「じゃあうちの下男になっておくれ」と、住むところまで与えてくれた。

それに、日々俺のためにも買い物をしてくれたり、美味しいものを食べようと思った時には、俺のことも忘れないでいてくれる。

まったくの江戸っ子かと思いきやけっこうなしっかり者で、誇り高く気丈夫な彼女。

そんな彼女にも、悲しみがある。それは、過去に亡くした想い人との、幸せな記憶を忘れられないこと。

でも、それすら彼女は平気な振りをして振舞う。


俺が、“そんな彼女の支えになりたい”と思うのは、そんなにおかしな話だろうか。





江戸の季節は騒がしく流れ、やがて夏のやってくる匂いがし始めていた。俺は袷の布から裏地を外し、一重の帷子(かたびら)にして着たし、おかねさんは夏物の浴衣に着替えて、「秋兵衛さん、お前さんにも夏物を買おうか。もう少し涼やかな色がいいねえ」なんて言っていた。

俺は今、「写し物」の仕事を終わらせて一息つき、「おかずを見てくるよ」と言ったおかねさんを家で待っている。

“洗濯物をもう取り込まないとな”。そう考えているうちに、おかねさんは帰ってきた。

「おかえりなさい。暑かったでしょう。お水を汲みますよ」

おかねさんは胸の上でおかずの包みを抱えて、袖口で汗を拭き拭き土間から上がった。

「ああ。そうしとくれな。もう暑くってたまらないよ。今日は夕の前に湯屋に行ってくるから、お前さんおなかがすいてたら先に食べておくれ」

「いえ、まだおなかもすきませんし、私は今日は湯屋には行かないので、お待ちします」

「そうかい、すまないねえ」

そう言って俺に微笑み、手拭いと湯銭を持って後ろを向いて出て行く彼女の背中が、悲しいのだ。

日に日に、彼女の笑顔は俺に悲しみを与えて、胸が痛む。時間が癒した傷を差し引いても、「この世の末まで、亭主と決めた人と逢える日を待ち続けよう」。その決意は、彼女の身を引き裂くのに十分ではないのだろうか。


俺が救うことなどできないというのはわかっている。でも、言葉にしなければ、彼女の辛さを知っている人が居ることなど、彼女は知りもせず、耐えなければいけないのだ。

“今日こそ言おう。拒否されるのはわかっている。でも、もう黙って見ていては、俺も耐えられないんだ…”


「ああ、いいお湯だった。お前さんどうしたんだい。風邪でも引いちまったんじゃないだろうね」

「ええ、大丈夫です。それと、おかねさん、ごはんを食べたら、お話があるので、お願いできませんか」

「なんだい急に。まあいいけどさ。おや、お米が炊けるようだね」

「はい」

俺は、その時すでに心は決まっていた。たとえここを追い出されることになっても、彼女に伝えると。

だから、お茶碗には綺麗にお米を盛り付け、おかねさんが買ってきたおかずも美味しそうにと気にして、“彼女との最後の食事になるかもしれない”と考えていた。


「奴(やっこ)も暑くなればごちそうだね。お前さんどうしたんだい、もっとお食べな」

「はい」

俺は、豆腐屋さんの美味しい豆腐を前にして、やっぱり食が進まなかった。だってこのあとは、一世一代の台詞を言おうとしているのだから。