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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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元禄浪漫紀行(21)〜(28)

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大家さんはやっぱりすごく忙しいみたいだったけど、俺が小半刻も待っていると、帰ってきた。

「ふいーっ。あちいなあ。ばあさん、冷たい茶漬けを…おや、どうしたね秋兵衛さん」

首元の手拭いで汗を拭いて、大家さんが現れた。俺はその時までじっと待ち続けていたものだから、その瞬間に、後ろから突き飛ばされたようにその場に土下座をしたのだ。

「お願いします…!おかねさんが、おかねさんが…!」

何を言うこともできない。できるはずがない。こんな話を他人にしていいはずがない。だから俺は、そんなことを言いながら顔を上げて、大家さんを見つめた。

「どうした、何があった」

大家さんは、俺があんまりに必死な調子で叫ぶものだから、おおごとだと思ったのか、あたりを見回しおかみさんを見た。おかみさんももちろん話を聞いていないんだから、“わけがわからない”と首を振るばかりだ。

「まあまあ、落ち着きなさい。なんだい、おかねさんがどうした?わけを話してみなさい」

「はい、実は…」

そこで俺は、ちょっと大家さんのおかみさんの方を、やっぱり見てしまった。彼女の名誉のためなら、なるべく話の内容を知っている人は少ない方がいいからだ。

「あら、あたしゃお茶をいれないと。冷や茶漬けはまだいいんだね?」

「そうしておくれ」

おかみさんは何気なく席を立ち、俺はその背中にちょっと会釈をしてから、今回起こったことをすべて話した。




昼に近くなって、まだ秋分も来ない江戸の町は、じんわりと汗の滲むくらい暑かった。明るい光が障子紙の向こうから差しているのに、部屋の中がどこか暗いような気さえする、重苦しさがあった。


「そうか…事情はわかったが、秋兵衛さん、お前さんにできることは少ないだろう…」

大家さんは俺の話を聞き、大きく深いため息を吐いて額に手を当て、そう言った。

「やっぱり…」

「ややもすれば、お前さんたちは少しの間離した方がいいくらいだが、それではおかねさんが心配だ」

ちゃぶ台の上のお茶を啜り、大家さんは俺にもそれを身振りで勧めた。

「ええ。ですから、どうすればいいかと思いまして…」

俺はそう返事をしてから、お茶を飲む。そして、はっと思い出したように顔を上げた。


そうだ。俺はこんな最中に、おかねさんを一人にしてきてしまった!


「おかねさんのとこに今は戻ろう。あたしもついていって、話をするから」

もう立ち上がりかけていた俺に、大家さんは慌ててそう言って、奥に居るおかみさんにも、「ちょっとまた出かけるよ!」と声を掛けた。そして、素早く土間へと降りた大家さんに、俺も急いでついていく。

俺は、迷わず進む大家さんの背中を見ながら、どこか温い風が吹く江戸の町を、つっころびそうに歩いた。





俺は、おかねさんが目を覚まして家を飛び出してしまったんじゃないかと思って、不安だった。でも、大家さんが黙って戸を開けた時、おかねさんはまだ眠っていた。

「…いたか。よかった」

「ええ…」

「しばらく待って起きないようならあたしは帰るが、今はお前さんは外に出ない方がいい」