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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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元禄浪漫紀行(21)〜(28)

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それから大家さんも家に上がって、おかねさんの起きるのを待ってくれていたけど、不意におかねさんはごろりと寝返りを打つと、苦しそうにうめき始めた。

「う…うう…」

それを見てすかさず大家さんは「起こしてやりなさい」と言ったので、俺は慌てて布団の上にかがみ込んで、おかねさんの肩をつかむ。

その時、おかねさんの唇が開き、閉じた瞼の隙間から涙がこぼれた。

「善さん…許し…」

はっとして、俺は動けずにいた。でも、彼女があんまり苦しそうに「善さん」に許しを乞うのを見て、辛くてたまらなくなり、思わず思い切り揺さぶってしまった。

「おかねさん!私です!起きてください!」

「きゃあっ!」

いきなり強く揺らしてしまったので、おかねさんはびっくりして起き上がる。

「ごめんなさい…あまり苦しそうに、うなされていて…」

俺はそう言った切り、顔を上げられなかった。おかねさんはまだ苦しそうな息が治まらず、部屋の中を見渡しているようだった。そして、俺の後ろから大家さんが現れる。

「横になったままでいい。お前さんは弱ってしまっているみたいだから。でも、秋兵衛さんはそれがとても心配なようだ。だから、あたしにできることがあれば、話をしておくれ」

見ると大家さんは、呆然と悲しそうな顔をしているおかねさんの肩をさすっていた。おかねさんは、黙って横になってまた泣き出す。

「これこれ、そんなに泣くんじゃない。体に毒だよ」

「いいえ、いいえ…いいんです、もう…」

両腕を目に押し付け、おかねさんは泣き続けている。俺は、大家さんがおかねさんと無理に話をしたがるんじゃないかと思って、心配でちょっと大家さんの横顔を見た。でも、大家さんはちょっとため息を吐いて、ちゃぶ台の方へ戻っていく。

ほっとしたけど、俺は布団のそばを離れていいものかどうか迷っていた。すると、おかねさんががばと腕を下げて、俺を睨む。

「お前さん…しゃべったんだね、大家さんに」

ずきんと胸が痛くなり、彼女が深く傷ついて俺を恨んでいると思って、“もうダメだ”と思いかけた。

“でも…でも、誰かが取り去らなかったら、彼女の傷は消えることはないんだもの…!”

「すみません…でも…」

「いいよ」

俺が涙をこらえて必死の声を出すと、おかねさんはすぐに許してくれた。でも、それはなんだか疲れ切った声のような気がして、俺は怖くなった。

「それで、大家さん」

「なんだい」

「あたしは、どうしたらいいんです」

おかねさんはその時、天井を見ているようなふうだったけど、その目は焦点が合わないように虚ろだった。俺は怖くて、不安で、大家さんを見つめる。

大家さんは俺が出したお茶を飲み干すと、おかねさんににっこり微笑み、こう言った。

「好きなようにしたらいいんだ。お前さんの人生じゃないか。そうしないと、善さんだって安心して成仏もできないだろう」

「そうですか…」

そう返事をしたあとで、おかねさんはすぐに目を閉じ、すうっとまた眠ってしまった。俺はあっけにとられていて、大家さんの言った言葉はまるで魔法か何かのように感じられた。

「お茶をありがとう。それじゃ、あたしは失礼するがね、お前さん、よく気を付けておくんだよ」

「は、はい、ありがとうございました…」

俺は戸口まで大家さんを送り、静かに静かに、それでもガタピシいう扉を閉めた。








つづく